■変化を迎えたバベル大陸の人々と、カスミの交流
――バベル大陸の人々は、映画冒頭で大きな敗北を経験しているというストーリーですが、それぞれのキャラの変化をどう描かれようと考えられましたか? 特に、メインとなるエドガーはとても影のある性格になっていました。
河森:大きな変化による喪失感を一番表現できそうなのが、原作では明るいエドガーでした。性格的にも気に入っていたことに加え、バイクを使うことで映画内での運動量も多く描ける。それで今回メインキャラに据えたわけです。逢坂さんは傷ついたエドガーの心情をとてもうまく演じてくれました。
今泉:僕は昭和生まれ、『シティハンター』育ちの世代なので、キザなところのあるエドガーのようなキャラが大好きなんですよ。ザ・ハードボイルド的な(笑)。
なので、キャラクターが変化を遂げる展開の中、「あの明るいエドガーが急に暗くなったら違和感が出ないだろうか?」と不安もあったんですが、作中の傷ついたエドガーはちゃんとゲーム内の彼の延長線上にある描き方になっていて、グッと来ましたね。
――エドガーをはじめ、心身ともに傷ついた人々の暮らすバベル大陸で、最弱ではあるものの、気遣いのできるカスミが大きな心の支えとなっていく。そこが面白いなと。
今泉:他人の視線を気にしがちな現代社会で生きてきたカスミだからこそ、バベル大陸のみんなを癒せる。とても良い展開ですよね。
――カスミは控えめではあるけど、優しくて土壇場で勇気を発揮する一面もあり、根っこには王道主人公になる要素を持った子として描かれていますよね。
河森:そうですね。でも「一見控えめだけど秘めたものがある」という性格の表現は苦心したところではありました。
ただ、カスミ役の水瀬(いのり)さんの演技が繊細な部分を引き出してくれたのもあって、上手いバランスにまとめることができたなと。
今泉:カスミはオリジナルキャラの主人公なので、「彼女に可愛さがないとこの作品はおしまいだ!」くらいに思っていたんですが、水瀬さん、スゴ過ぎましたね。アフレコで水瀬さんの演技を見て、「マジで可愛いじゃん!」となりました(笑)。
河森:水瀬さんはそれまで幼めの声で演技されるケースも多かったと思うんですが、カスミに関しては「年齢設定通りの、あまり甘口でないトーンで」とお願いしたんです。そうしたら、最初の一声から見事にカスミとして演技してくれましたね。
――本編を見て思ったのですが、カスミは母子家庭ですか?
河森:ええ。知り合いに心理学系の人が多いのですが、今はシングルマザーで善意の圧力を感じて自分を上手く出せない子が多いと聞いて、その要素を主人公に取り入れてみたいと考えたんです。
今泉:カスミのお母さんの怖さの調整が大変でしたね。コンテを見て、「怖すぎませんか総監督!?」と言うこともありました(笑)。
河森:一緒にやっている高橋監督にも、「ちょっとこれキツすぎませんか?」と言われていましたね(笑)。ただ、カスミのお母さんも悪意があって抑えつけているわけではなく、彼女を守りたいという善意ゆえなんですよ。だからこそのすれ違いの怖さ、切なさは描きたいと思っていました。
■今泉Pが河森総監督から受けた刺激とは?
――今回ロケハンでトルコのカッパドキアに行かれたそうですね。本編にどのような形で活かされましたか?
河森:エドガーたちが隠れ住んでいる地下洞窟は、カッパドキアの地形を参考にしたんです。ただ、そのままではカッパドキアになり過ぎてしまうので、そこは変更を加えつつ映像で描かれた形になっています。
あとは、同じくトルコのパムッカレにも良いロケーションの場所があったので、そこは作中でも印象的なシーンに組み込ませてもらいました。
今泉:河森総監督、ロケハンでどこに行ってもずっと写真を撮ってるんですよ。スマホの中が宝庫みたいになっていて、制作現場で「こういう感じで!」といつもスタッフに見せていました(笑)。
で、そういった外国での経験が、「食べ物を食べることでその世界に馴染む」という作中の流れに反映されていたりします。
――確かに、作中では料理を通してわかりやすく文化の融合が描かれており、まさに外国での経験が活かされた演出なのではないかな、と感じました。
河森:泣く泣く尺の都合でカットした箇所もありますが、異世界を描くうえで、ご飯の描写はどこかに入れたいと思っていたんです。
今泉:作中に出てくる“地球風味”ってワードが面白いですよね。違う世界から来てるから、日本じゃなくて地球代表という。
絵コンテや映像を観ると、自然に流して観がちなちょっとしたシーンでも、全てに何らかの知識や理論の裏付けがされているんですよ。ほんと頭が上がらないなと(笑)。
――まさに河森総監督と仕事をご一緒して、刺激を受けた部分だったのですね。
今泉:そうですね。月並みですが、こういう大先輩がいると、「仕事が大変」なんて言ってられないです(笑)。今年でデビュー40周年って、驚くべきことですよ。僕が生まれる前から業界の第一線で仕事をされているわけですからね。
河森:でも、僕としても『タガタメ』の映画の話をいただいて、とても刺激になりました。具体的に言うと、今まで僕が降ろされて原作ものをできなかったのは、今回ほどコミュニケーションを取っていなかったからかな、というのを感じたんですね。
今回は何度も何度もキャッチボールを重ねてアイデアを練っていく形だったので、その過程そのものが、カスミが段々とバベル大陸に順応していく映画の流れにも近く、非常に楽しかったです。
――今泉さんは作中で特に印象に残ったシーンはありましたか?
今泉:全体を通して河森総監督らしさと『タガタメ』らしさが融合していて、とてもいいバランスの映画だと思いました。特に感じたのが、クライマックスの戦闘シーンです。原作ファンも河森さんのファンも盛り上がると思うので、楽しみにしていてください。河森正治節全開! です。
河森:同じ人間が作っているから、自覚なく『マクロス』、『(創聖の)アクエリオン』、『(天空の)エスカフローネ』的になるところもあるかも……みたいな(笑)。
今泉:カスミは演劇志望という設定ですが、「歌手志望にしてみては……」という話もあったんですよね。
河森:「それだけはダメ!」とこちらから丁重にお断りしました!(笑)。
――では最後に、あらためて本作の見どころをお願いします。
河森:ゲームで描かれていなかった設定などもたくさん登場するので、ゲームプレイ済みの方にも新たな発見が多い作品だと思います。
初めて『タガタメ』に触れる方も、カスミの過去を知ったうえで2回目を観るとまた違う気持ちで楽しめる作りになっています。ぜひ映画公開中に何度も観てください。
今泉:観ていると、河森総監督が狙ってなそうな部分でも、「ここにはこういうメッセージがあるのかな……」と感じるところがすごく多いんですよね。これほどの作家になると、にじみ出てしまう作家性があるんだな、と。さりげなく時代性を汲み取り、普遍性を交えて映像にしている部分が随所にあって、観る度に発見がある作品でした。
何度も観られるエモーショナルな作品に仕上がっているので、ぜひ劇場に足を運んでいただけると嬉しいです。
『劇場版 誰ガ為のアルケミスト』
(C)2019 FgG・gumi / Shoji Kawamori, Satelight