「∀ガンダム」誕生秘話!突き詰めた“ガンダムの本質”とは? 植田P&朴ロ美が明かす | アニメ!アニメ!

「∀ガンダム」誕生秘話!突き詰めた“ガンダムの本質”とは? 植田P&朴ロ美が明かす

4月9日に放送20周年を迎えた『∀ガンダム』。3月25日に『シド・ミード展』音声収録後に行われた主人公ロラン役の朴ロ美(ぱく・ろみ、「ロ」は「王」に「路」)への囲み取材と、企画に携わった植田益朗プロデューサーへのインタビューをお届けする。

インタビュー
(C)Syd Mead.Inc.
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  • (C)Syd Mead.Inc. (C)東北新社/監修 西崎彰司 (C)創通・サンライズ
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4月9日に放送20周年を迎えた『∀ガンダム』。3月25日に『シド・ミード展』音声収録後に行われた主人公ロラン役の朴ロ美(ぱく・ろみ、「ロ」は「王」に「路」)への囲み取材と、企画に携わった植田益朗プロデューサーへのインタビューをお届けする。

2019年4月、放送40周年を迎えた『機動戦士ガンダム』。NHKで特番が組まれるなどその歴史を振り返る機運が高まる一方、ガンダムシリーズの歴史にとってもう一つ重要な作品が同月アニバーサーリーイヤーを迎えた。
1999年にガンダムシリーズ20周年記念作品として放送され、今年そこからさらに20周年を迎えた『∀ガンダム』(ターンエーガンダム、以下『∀』)である。

『∀』は世界的ビジュアリスト・シド・ミードによる既存のガンダム観を覆すメカデザインやシリーズ作品全てを包括した物語設定など、ガンダムシリーズの集大成的作品として記憶しているファンも多い。
本作を直接知らなくても「黒歴史」という本作作中の言葉を普段スラング的に使用している人も多いはずだ。

4月27日より東京都千代田区にて開催の「シド・ミード展 PROGRESSIONS TYO 2019」でも大きくフィーチャーされている他、記念ガンプラやガンダムカフェでのコラボメニューも発売されるなど、再度注目を集めている。
(C)Syd Mead.Inc. (C)東北新社/監修 西崎彰司 (C)創通・サンライズ
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本記事では『シド・ミード展』関連の音声収録準備中の2名、『∀』の企画に携わった植田益朗プロデューサー(当時サンライズ常務取締役)とロラン・セアック役の朴ロ美に、『∀』の持つ意義や当時の制作背景についてお話を伺った。
本作を知る人も知らない人も、ガンダム40年の歴史の中央に位置する本作に思いを馳せていただきたい。


朴ロ美さんによる『∀』風『シド・ミード展』CM(00:20~)

■「ガンダムの本質は”挑戦する”ということ」


――『∀』の企画が立ち上がった背景について教えてください。

植田益朗(以下、植田P)
当時サンライズはガンダム20周年に向けた「ガンダムビッグバンプロジェクト」という一連のプロジェクトを行っていて、その目玉として1999年に富野監督による新TVシリーズを放送するというのが『∀』でした。
同プロジェクトとして他に「ガンダムビッグバン宣言」というイベントや実写版ガンダム『G-SAVIOUR』、大友克洋版ガンダム、あとコンサートなんかもやりましたね。私はプロジェクトの責任者として総指揮を執っていました。
(C)創通・サンライズ
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「ガンダムビッグバンプロジェクト」当時の資料
――当時なぜ「ガンダムビッグバンプロジェクト」を実施したんですか?

植田P
いくつかの理由があったのですが、一番の理由はサンライズが主体となって「ガンダム」というブランドを改めて見つめ直す必要があると感じたからです。
「ガンダム事業部」というブランディングのための事業部をサンライズ内に新設したのも「ガンダムビッグバンプロジェクト」を推進するためでした。

――「ガンダムを見つめ直す」とはどういうことでしょう?

植田P
1993年に富野監督によるTVシリーズ『機動戦士Vガンダム』を放送しましたが、残念ながら商業的にはあまりいい成果を出せませんでした。
翌年サンライズはバンダイグループの傘下に入り、それまでのガンダムとは世界観も作風も大きく異なる『機動武闘伝Gガンダム』を、翌年以降も『新機動戦記ガンダムW』『機動新世紀ガンダムX』を続けて制作しました。
私自身これらの作品の企画に携わったのですが、いずれもスポンサーの期待に沿うような結果を残すことができませんでした。

――『Gガンダム』も『ガンダムW』もとても人気のあるシリーズだと思いますが……

植田P
ありがたいことに結果的に多くのファンに受け入れていただけました。ですが、同じバンダイグループの(『スーパー戦隊シリーズ』や『セーラームーンシリーズ』などの)他の作品と比べてどうだったか? また、同じサンライズ内でもファーストガンダムや当時人気だったSDガンダムと比べてどうか? という視点でいうと、やはり満足のいく結果ではありませんでした。

またこの時期、バンダイ傘下に入ったことやマスターグレード等によるガンプラの成功もあり、「ガンダム」のイメージが「商品」に寄っていった面もあります。

――ガンダムが商品ありきになってしまった、作り手がそういうガンダムをたくさん作ってしまった、ということでしょうか?

植田P
現場のクリエイターはスポンサーとうまく連携しながらいつも真剣に作品作りに向き合っています。
ただ、いい意味でも悪い意味でもガンダムが商品として見られるようになってしまった、と当時の私は感じたんです。

ビジネスとして考えるなら、究極的には新作アニメは作らず過去作のグッズだけ作り続ければいいわけですし、実際にそういう声もありました。
でもサンライズはクリエイティブの会社ですから新しい作品を作るべきだし、継続して作品を作っていくためには会社としても私自身としても一度主体的に「ガンダムとは一体何なんだろう?」と問い直す必要があると私は考えました。
ビッグバンプロジェクトと『∀』はその答えです。

――「ガンダムとはなんだろう?」という問いに、どう答えられたのでしょう?

植田P
ガンダムにはモビルスーツやニュータイプなど様々な要素がありますが、最初のガンダムが面白かったのはやはりストーリーが面白かったからだと思うんです。
だから『∀』ではストーリーを重視することを一つの軸にしました。

もう一つの軸は「挑戦する」ということです。私は最初のTV版『機動戦士ガンダム』からアニメ業界に入ったのですが、その現場には「これまでにない新しい作品を作るぞ」という機運や活気がありました。
この”挑戦する姿勢”がガンダムの本質だし、それがガンダムというブランドなんだと私は思います。

『∀』で海外アーティストのシド・ミードさんや当時カプコンに在籍していたあきまん(安田朗)さんにデザインをお願いしたのはまさに”挑戦”でしたし、そのおかげで富野監督の物語に比肩する独創的なビジュアルを生み出すことができました。
(C)創通・サンライズ
「ガンダムビッグバンプロジェクト」当時の資料
――確かにガンダムには「挑戦していて世に問う作品」という印象がありますし『∀』は特にそうですね。ちなみに植田さんご自身もそういう『∀』の作品作りに直接関わったのでしょうか?

植田P
いいえ、私は主に企画やビジネスの部分に携わっていたので実制作は現場の皆さんにお任せしました。
ただ、富野監督をはじめシド・ミードさん、あきまんさん、富岡プロデューサー、朴ロ美さん、谷村新司さんや西城秀樹さんなど、『∀』に関わった方々がみんな活き活きと取り組んでいる様子を見て「挑戦できてるな」「これがガンダムだ」と思うことができましたし、ファーストガンダムから『∀』に至る20年に渡る自分自身のガンダム人生に区切りをつけることができた次第です。

■「『∀』のファン、イコール、ファミリーだよ!」


――『∀』で主人公に抜擢された時のことを教えてください。

朴ロ美(以下、朴)
元々ヒロイン役でオーディションに参加したのですが、会場で「主人公のロランを演ってみて」と言われてその場で人生初めて男の子を演じることになって、それがまさかの合格になって……という経緯でした。

当時はまだ20代でしたし声優としてもひよっこで、右も左も分からないまま新たな世界にポンと放り込まれたような状態でした。
でも大人の方たちが「この世界で自由に遊びなさい、それがあなたの仕事ですよ」と言ってくれているような気がして、無茶なことばかりハチャメチャにやらせていただきました。
周りの大人の方々に暖かく見守っていただいたな、と思っています。

――ロランという少年について、今どんな思いを持たれていますか?


確実に私の人生を変えたキャラクターです。
平和を愛する、自分の興味のあることにものすごく邁進する、純粋で無垢な男の子だったんですよね。とても彼のことが好きでした。

その分、初めての男の子役ということで無意識的に気負いすぎていた部分があったのか喉を壊したりもしましたし、考えすぎたりもしましたし……片思いのような状態が続いていたように思います。
また、子安(武人)さんなど周りの大人のキャストのみなさんに挑みかかるような演技がしたくてもそれができないひ弱な自分がいて、空回りで終わったりして、ということもありました。

その後、劇場版(『地球光』『月光蝶』)でもう一度ロランくんと一緒にあの人達に挑戦できるというのが本当に嬉しくて。
そんな苦しいことも喜びも一緒にできたのがロランくんです。今でも演りたいです(記者注:この取材の直後に記事冒頭のCMを収録)。

――収録当時、印象に残ったエピソードはありますか?


最終回収録の時に富野監督から言われたことが強烈に印象に残っています。「この作品はまだちょっと早すぎた。きっと50年後に再度認識される作品だろう」と仰っていました。
あれから20年経ったということで感慨深い気持ちですが、30年後にまたリバイバルできるかな?

――『∀』のデザインを最初に見た時の印象は覚えていらっしゃいますか?


初めて作品の説明を受けるためにサンライズに伺った時に『∀』のポスターが貼ってあって、富野監督に「このガンダムどう思う?」と聞かれたんです。

その時私はアニメもガンダムもあまり見ていなくて、単純にかっこいいと思い「無茶苦茶かっこいいですね。これヒゲですか? 兜みたいですね」と答えたんです。
すると監督は「だろ? だけどこれは巷では一番不人気なガンダムなんだ」と仰られて(笑)。それがすごく印象に残っています。

その後アニメ業界に携わるようになって、『∀』が他のガンダムと少しテイストが違うと知ることになりました。
(C)Syd Mead.Inc. (C)創通・サンライズ
――今回『シド・ミード展』ではボイスガイダンスをご担当されていますが、『∀』との共通点など、お感じになられたことがあれば教えてください。


当時、富野監督が「ロボットはロボットでしかない。人間が使うものなんだ」と仰っていました。『∀』ではガンダムが洗濯機になったりポケットに牛を入れて運んだりする忘れられないシーンがありますよね。「機械は人が使うもの」という温かいメッセージがある作品だと思います。
シド・ミードさんの作品も機械だけでなく機械と人との関係やそこでの人の生活が描かれていて、『∀』とすごくリンクするところがあると感じました。『シド・ミード展』を通じて『∀』にも思いを馳せていただけたらなと思います。

――最後に『∀』のファンのみなさんに向けてメッセージをお願いします。


『∀』のファン、イコール、ファミリーだよ! って思っちゃうんですよね(笑)。それぐらい、今こうして取材を受けながら思い出すだけで目頭が熱くなるような……そんな作品です。今でも『∀』を愛してくださってファンでいてくださるなんて「もうファミリーだよね」って言うしかないくらい親近感を覚えます。私もこの作品が本当に大好きです。

――ありがとうございました!

(C)Syd Mead.Inc. (C)創通・サンライズ
(C)Syd Mead.Inc. (C)東北新社/監修 西崎彰司 (C)創通・サンライズ
《いしじまえいわ》
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