『詩季織々』は、日本と中国の3人のクリエイターによる3編のアンソロジー作品。中国のアニメ界を代表するブランドHaolinersの代表、リ・ハオリン(李豪凌)氏が『秒速5センチメートル』を観て感銘を受け、長年オファーを出し続けて実現した念願の企画だ。
中国の暮らしの基となる「衣食住行」をテーマとし、新海誠監督作品で培われたコミックス・ウェーブ・フィルムのスタッフによる美しい美術と作画で、中国の今を生きる等身大の人々の切ない感情を詩的な映像で描き出している。
今回は、本作のエピソードの1つ「上海恋」の監督と全体の総監督を務めたリ・ハオリン氏に企画の背景、そして中国のアニメビジネスの現状についてうかがった。
[取材・構成=杉本穂高]
『詩季織々』

8月4日(土)テアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほか公開
https://shikioriori.jp/
『秒速5センチメートル』の叙情的な語り口に感銘を受けた
――今回の企画は、新海誠監督の『秒速5センチメートル』に感銘を受けて、コミックス・ウェーブ・フィルムさんにオファーし続けて実現したとのことですが、『秒速5センチメートル』のどんな点に惹かれましたか。
リ・ハオリン(以下、リ)監督
『秒速5センチメートル』は、アニメ業界に対してとても大胆で挑戦的な作品だと思いました。多くのアニメ作品は、商業主義的ですが、『秒速5センチメートル』は作家性を大事にしていると感じましたし、ストーリーの語り方も叙情的で文芸的な作品だと思いました。背景などの美術面も素晴らしいです。
――新海誠監督のスタイルのどんな点が好きなのですか。
リ監督
一番好きな点は、新海監督の感情の表現の仕方ですね。特に『君の名は。』以前の作品に顕著ですが、ストーリーそのものよりも、場面ごとの人物の感情表現を丁寧に行っていること、そして自分の表現したいものをきちんと作っていることです。
『言の葉の庭』などもそうですが、情景描写など、映像そのものによって感情表現をしているのがすごいと思います。
――今回の企画は2013年ごろからオファーしていたそうですが、実際に制作が決まった時はどんなお気持ちでしたか。
リ監督
とても嬉しかったと同時に、この貴重なチャンスを上手く活かせるかどうかというプレッシャーもかなり感じました。
――舞台が上海ですが、上海版『秒速5センチメートル』のような趣きも感じました。
リ監督
上海版の『秒速5センチメートル』をやりたかったというわけではないんです。もちろん似ている部分はあります。例えば感情の繋がり方。両作品とも過去に思いを馳せるという部分があるし、幼馴染の男女の話も出てきます。

リ監督
ただ『秒速5センチメートル』の2人の関係や展開と比べて、私が監督したエピソード「上海恋」は異なる描き方をしています。
また『詩季織々』は男女の話だけでなく、家族の話にも比重を置いている点も『秒速5センチメートル』と異なる点ですね。
――コミックス・ウェーブ・フィルムさんの作画や美術の質は高いことで有名です。実際に仕上がったものは、自分の思い描いた通りの世界観になっていましたか。
リ監督
予想以上のクオリティになっていて驚きました。プロジェクト全体で良いものに仕上がったと思います。
中国社会の急速な変化で失われたもの
――本作の家族のエピソードなどは監督の実体験でもあるんでしょうか。
リ監督
私自身の体験というより、我々の世代、あるいはあの時代を生きた人々の共通体験のようなものがこのエピソードの基になっています。
――「上海恋」は上海の一角、石庫門の再開発の話が中心です。都市の再開発の話を描こうと思ったのはなぜでしょうか。
リ監督
この企画を考え始めた時には、石庫門の大規模な取り壊しが行われていましたのでこの建物をきちんと映像で残しておきたいと思ったんです。古い建物を残したくてもできませんから、せめて映像の中に残せればと。
もう1つは、世の中は自然に移り変わりゆくものと、人によって変えられていくものとがあると思います。こういう都市の再開発というのは、自然の変化というよりもやはり人為的なものですよね。それを止めることは難しいことなのかもしれません、けれど主人公や登場人物たちは、時代の急激な変化があっても昔の街の姿を忘れないし、無くなってしまったものに思いを馳せる。そういう感情を表現したかったんです。

――「上海恋」は25分ほどのエピソードですが、そこに中国の歩んできた近代の歴史が刻まれてるなという印象を受けました。
コミックス・ウェーブ・フィルムさんと新海監督がこれまでやってきた、リアルで美しい美術による感情表現と、中国の近代の急速な変化の中で生きてきた人々の感情を記録するということがすごくリンクしていて、この企画はリ監督とコミックス・ウェーブ・フィルムさんならではのコラボだと思いました。
リ監督
ありがとうございます。まさにそういうものを描きたかったんです。
――今回の作品のテーマは「衣食住行」という、人の生活の基本的なものをテーマにしていますが、これをテーマに選んだのはなぜですか。
リ監督
この言葉は、中国のことわざにもなっているんですが、日常生活の全てを含むような言葉です。物語よりも、アイテムやモノに託して感情を表現できればと考えて、「衣食住行」に沿ったアイテムを軸にして描いてみようと思ったんです。

→次のページ:日本アニメのディテールへのこだわりはすごい