高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言 第8回 ポストメディウム的状況のアニメーション美学をめぐって 「劇場版 響け!ユーフォニアム」 6ページ目 | アニメ!アニメ!

高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言 第8回 ポストメディウム的状況のアニメーション美学をめぐって 「劇場版 響け!ユーフォニアム」

高瀬司の月一連載です。様々なアニメを取り上げて、バッサバッサ論評します。今回は『劇場版 響け!ユーフォニアム~北宇治高校吹奏楽部でようこそ~』について。

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ではTVアニメ『響け!ユーフォニアム』(2015年)はどうなのか。
まず一見したところ、『けいおん!』シリーズの対極にたどり着いた作品のように映るだろう。「音楽」をモチーフとした部活ものという共通項を持ちながら、努力、目標、葛藤、恋愛といった、〈日常系〉では(少なくとも劇的なレベルでは)抑圧ないし後景化されたと言われがちな要素が全面導入されているからだ。この変化の歩みは、『響け!ユーフォニアム』でシリーズ演出を務めた山田尚子監督作品を軸に見ていくことでより明確になるだろう。つまり、初監督作である『けいおん!』という〈日常系〉を起点に、「日常」を部室から家族の歴史や商店街にまで拡張した『たまこまーけっと』(2013年)、そこからさらに恋愛や葛藤を前面化した『たまこラブストーリー』(2014年)、そして音楽というモチーフを再召喚したうえさらに目標や努力を盛りこむことで『けいおん!』の対岸へ(彼岸から此岸へ)たどり着いた(健全な)『響け!ユーフォニアム』、という図式的な整理ができる。

しかし、『けいおん!』の対極へと向かったのだとすれば、『響け!ユーフォニアム』はポストメディウム的/映像圏的であることからは離れてしまったのだろうか。

渡邉は『イメージの進行形』のなかで、二人のシネアストの作家論を展開している。一人はオーソン・ウェルズ、そしてもう一人が岩井俊二である。そこでは1990年代、当時の若いサブカルチャーファンから高く支持された(また同時に、「映像=動画的なもの」の典型と言える、いかにもMV出身者らしい作風により、〈映画〉批評の側からは批判ないし黙殺されつづけた)岩井を、先端的な情報メディアの活用と映像表現の面から「日本映画界における「映像圏的」なシネアストの先駆者といってよいだろう」(167頁)と位置づけている。そして岩井の映像技法的特徴として挙げられるのが、「極端な逆光で撮られた強烈な自然光と浅いフォーカス」「風景や登場人物たちの動きのプロセスを意図的にジャンプ・カットのように断片的なショットに割ってつなげるモンタージュ」(168頁)などであった。

これらが(バザン的〈映画〉美学=ディープフォーカス、ワンシーン・ワンショットとは対極にある)山田尚子的(ことに『たまこまーけっと』以降の)アニメ美学にそのまま当てはまることは言うまでもないだろう。また『たまこラブストーリー』、そして『響け!ユーフォニアム』とそれがより過激化していっていることも論を俟たない。

(石原立也監督によるレンズ的表現への志向を根底に)『響け!ユーフォニアム』はコンポジット(撮影)のアニメであった【注11】。
トイカメラ的であると同時にInstagram的でもあるだろう、色収差、周辺光量落ち、玉ボケ、二線ボケ、手ブレといった歪み・汚し・陰影・色調表現、そして山田尚子的な望遠レンズを基調とした極端なまでのシャローフォーカス【注12】。
かつて筆者が『たまこ』シリーズを論じた際には、『たまこラブストーリー』の演出について「望遠レンズ風の映像は、被写界深度が浅く、画角も狭く、そのうえよくブレる。この視野が狭く危うい感じが、青春を表象するにふさわしい表現」(高瀬司「うさぎ山商店街・天使の詩――『たまこラブストーリー』試論」『反=アニメ批評 2014summer』アニメルカ製作委員会、2014年)と物語と関連づけるかたちで触れたが、映像圏を補助線にすることでわれわれは、これをまったく別様に位置づける視座を手にした。いまや『けいおん!』から『響け!ユーフォニアム』への転換は、次のようにパラフレーズ可能であろう。

ソーシャルメディア的作品(SNS的コミュニケーション環境そのものが主題化されているように読める『けいおん!』)から、ソーシャルメディア的映像(SNS的コミュニケーション環境において氾濫する映像=動画的演出で綴られているように読める『響け!ユーフォニアム』)へ。

これにより、両作のあいだに予感された断絶は、同じ想像力のもとにある別種のアプローチとして、連続性のうちにとらえ返される。われわれはここから、ポストメディウム的状況のアニメーション美学を模索しはじめることができるのではないか。

▼注11:『響け!ユーフォニアム』を特集した『アニメスタイル007』(メディアパル、2015年)が、「オールドレンズ効果」を中心にそのコンポジット・ワークを大きく取り上げている。

▼注12:実際、『プリキュア』シリーズのEDや、『アイカツ!』シリーズなどのアイドルアニメのライブシーンといった、「MV」的(映像圏的)文脈を受け継いだ場では、極端なシャローフォーカスや、大胆なブレ、ピン送り、ビジュアルエフェクトが大々的に導入されているだろう。また一部のデジタルイラストレーションにおいて、空気遠近法的に描くのではなく、After Effectsによるレンズ的奥行きが与えられるようになって久しいが、昨今ではさらに、pixiv出身者によるイラストレーション的マンガ表現の隆盛の延長上で、コミックスの表紙やカラーページでもときおり、After Effectsによるレンズ的処理を目にするようになった。ここからメディアをまたいだビジュアル的想像力の変遷へと踏みこみはじめることもできるだろう。
《高瀬司》
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