アトラクションのアニメ―『ガールズ&パンツァー』と『KING OF PRISM』/高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言 第7回 | アニメ!アニメ!

アトラクションのアニメ―『ガールズ&パンツァー』と『KING OF PRISM』/高瀬司(Merca)のアニメ時評宣言 第7回

連載・コラム

■高瀬司(たかせ・つかさ)
サブカルチャー批評ZINE『Merca』主宰。ほか『ユリイカ』(青土社)での批評や、各種アニメ・マンガ・イラスト媒体、「Drawing with Wacom」でのインタビューやライティング、「SUGOI JAPAN」(読売新聞社)アニメ部門セレクターなど。
Merca公式ブログ:http://animerca.blog117.fc2.com/

■アトラクションのアニメ――『ガールズ&パンツァー 劇場版』と『KING OF PRISM by PrettyRhythm』

映画批評家の加藤幹郎は『映画館と観客の文化史』(中央公論新社、2006年)において、「じっさい映画作品の解釈は、わたしたちが映画作品をいつどこでどのように受容するかによってさまざまに異なってくるはずである。〔中略〕映画館(上映装置)の様態の違いにもかかわらず、つねに中立的、客観的な映画作品の受容=解釈が可能になるという考えは、形而上学的虚構か映画史的無知かのいずれかであろう」(26頁)という認識のもと、その書名どおり上映装置と観客の変遷から見た映画史を概観している。

2016年初頭、アニメ界においても同様の問題が大きく前景化してきているだろう。
『ガールズ・アンド・パンツァー 劇場版』(2015年11月公開)と『KING OF PRISM by PrettyRhythm』(2016年1月公開)である。

以下、状況に詳しくない方へ向け各作品の背景と2016年3月25日現在の状況を説明したのち、本論としてそうした現在のアニメ映画の潮流を、単なるライブ/フェス化としてではなく「映画史」のなかでとらえ直す。

■『ガールズ・アンド・パンツァー 劇場版』――戦車を体験する

まず『ガールズ・アンド・パンツァー 劇場版』(監督:水島努)は2012年にTV放映(延期された第11話・最終第12話は2013年)された「萌えミリタリー」ものの代表作の一つ『ガールズ&パンツァー』の待望の劇場版で、立川シネマシティにおける「極上爆音上映」(音響監督の岩浪美和らが監修)は連日の満席から上映期間の延長を繰り返す(さらには上映回数が増加する)好評ぶりで、その成功を受けてか「4DX上映」(シートのダイナミックなモーションを中心に、風、フラッシュ、ミスト、エアー、煙、バブル、香り、雨などのアトラクションが映画のシーンと連動し展開する、韓国はCJ 4DPLEX社の開発による体感型上映システムの一つ)が2月20日から計33館(一部3月5日スタートの映画館を含めると日本の4DXシアター全館)にてスタート、それも連日満席がつづくうえ、シネマサンシャイン平和島(音響も岩浪美和らが監修の特別仕様でいわく「センシャラウンド ノーリミット」)では3月5日より不定期で4DXのシートモーションレベルを最大にした「エクストリーム上映」が、そのうえさらに同じくシネマサンシャイン平和島にて3月19日より不定期で「imm sound上映」(劇場全体にスピーカーを配置したサウンドシステム)が開始するなど、アニメ映画の上映システムをめぐる実験場のような様相を呈しつつある。

また筆者は訪れられていないが、東京以外でも、シネプレックス水戸の4DX上映では音響がいわく「センシャラウンド ネクストディメンション」(音響監督の岩浪美和らが監修)、兵庫県尼崎市は塚口サンサン劇場では2月27日からいわく「重低音轟撃上映」(音響監督の岩浪美和らが監修)や、単発イベントとして「これが本当の“塚口流戦車道”です。上映」と名づけられたいわゆる「マサラ上映」(歌や踊り、絶叫、コスプレ、紙吹雪、サイリウムなどを解禁したインド式の参加型上映)が、またイオンシネマ幕張新都心とイオンシネマ名古屋茶屋ではULTIRA上映(大スクリーンと鮮明映像、4ウェイ立体音響を謳う上映システム)が行われるなど、地方まで含め(興行収入と平均客単価を跳ね上げながら)、近年におけるアニメ映画鑑賞の一般的形態からははみ出すアトラクション型上映が人気を博している。

■『KING OF PRISM by PrettyRhythm』――アイドルを応援する

もう1本の劇場アニメ『KING OF PRISM by PrettyRhythm』(監督:菱田正和、以下『キンプリ』)は、タカラトミーアーツとシンソフィアが共同開発したアーケードゲームを原作に、土曜朝に放送されていた、『プリパラ』シリーズ(2014年-、監督:森脇真琴)の前身となる女児向け(および大きなお友だち向け)アニメ『プリティーリズム』シリーズ(2011年-2014年、監督:菱田正和)の第3作『プリティーリズム・レインボーライブ』(2013年-2014年)のスピンオフ作品である。スピンオフというとおり、TVシリーズでメインキャラクターだったヒロインたちを描くのではなく、サブキャラクターであった男性アイドルユニット「Over The Rainbow」を中心とした物語となっている。そんな映画『キンプリ』の最大の特徴が、「応援上映会」と称するリピーター続出な、(上で「マサラ上映」と紹介したような)「コスプレOK!声援OK!アフレコOK!」な参加型(イベント型)上映のカルトな人気である。
2016年1月9日に全14館からスタートした『キンプリ』は、女性ファンを中心とした熱狂的口コミ効果により、劇場は60館以上にまで拡大し、3月9日には興行収入2億5000万円の達成を発表、10年前の細田守監督作『時をかける少女』(2006年)の2億6000万円を超える数字を叩き出すにまで至る(なおこの対比はもとはネットで話題になったものだが、どうでもいい補足をすると、小規模公開だった劇場アニメが口コミにより異例のロングランを記録したという共通項以外に、実際『キンプリ』のなかには「時を超えて」「時空を超えて」といったセリフが印象的に使われてもいた)。

なぜこのような作品が生まれたのか、その文脈も整理しておく。『プリティーリズム』/『プリパラ』シリーズは過去にも2本(応援上映会企画も含む)劇場版が公開されており、その第2作『劇場版プリパラ み~んなあつまれ!プリズム☆ツアーズ』(2015年3月、監督:菱田正和)には、途中から各10分ほどの独自パートを持つ4つのルートに物語が分岐する仕掛けが施されていた。公開形式としては週替りでルート1~3が上映され、しかるのちにルート4だけが特別な日に限定上映されたのだが、作中ですら「(ルート4へつながる瘴気のようなものに漂う扉に対し)あれ、明らかに怪しいね……」と形容されていた「胸キュン!プリズムボーイズツアー」ルートというのが、『キンプリ』で中心となる「Over The Rainbow」を描く(振り返る)物語となっていた。

その後2015年7月20日に「『劇場版プリパラ み~んなあつまれ!プリズム ツアーズ』おどる! アイドルおうえん上映会」という、菱田正和監督もゲストに招いた、渋谷はクラブ「HARLEM」でのオールスタンディングイベントが開催される。そこで「おうえん上映」されるルートは、主催者側ではなく、ファンの投票によって決められたが、そのとき選ばれたがなんたることかルート4であった。そして映画『キンプリ』の企画は、その晩にイベント会場を包んだ、大きなお友だち(ルビ:プリズム)の煌めきに後押しされるかたちで立ち上がることになる。

■「鑑賞・視聴」から「体験・参加」へ?

2016年4月以降にはさらなる新仕様や新作の登場すらありうる、こうしたアニメのアトラクション化の広がりをめぐっては、誰もがすぐに、いくつかの文化的背景を思い浮かべることができるだろう。
断片的に列挙すれば、この数年のアニメ周辺で見ても、キャラクターショーから連なるキッズアニメの参加型上映のほか、『魔法少女リリカルなのは The MOVIE 1st』(2010年)の絶叫上映や、ニコニコ動画でのアニメ公式配信におけるコメントによる擬似同期コミュニケーションの定着、2・5次元ミュージカルの躍進、声優イベントやアニソンライブの人気に映画館でのライブビューイングの普及と、音楽業界におけるパッケージからライブ・フェスでの物販へというビジネススキームの変動ともパラレルに、「鑑賞から体験へ」という流れは目に見えて力を増している。

そこから考えれば、たとえば『アナと雪の女王』(2014年日本公開)の「みんなで歌おう♪歌詞付版」という「合唱上映会」が十分には成功しなかった他方で、『キンプリ』の応援上映会が大成功を収めた理由として、鑑賞(応援)作法の成熟(大事なのは格ゥ↑彼[ルビ:アナ雪]はまだ小物です↓)だけではなく、過去の劇場版の積み重ねを経て発想されたであろう、アフレコ用字幕やコールアンドレスポンスを誘うシーンの盛り込みといった演出や、お尻から蜂蜜を出したり、小室哲哉を驚かせたり(https://twitter.com/Tetsuya_Komuro/status/707582015328026625)もする正統にプリティーリズム/プリパラ的な(つまりナチュラルにややクレイジーな)作風が、参加型上映へ向けて洗練された、最適化のはかられた様式であったという想定もできるだろう。

しかし、「体験型・参加型上映のアニメ映画が盛り上がっている」と言うとき、すぐさまつけ加えておかなければならないだろうが、それがアニメ「映画」の問題である以上、アニメのみならず――冒頭に引いた加藤幹郎の諫言にもあるように――映画館(上映装置)をめぐる変遷についても触れておかなければ分析として不十分だろう(『キンプリ』のコウジもハリウッドに行くわけだし)。

■映画館と観客のアトラクション史

実写映画をめぐってももちろん、3D(立体視)映画、大画面高精細のIMAXシアター、体感型(4DXやMD4X)シアターを筆頭に、世界的に近年、映画体験がアトラクション性を強めていることは端的な事実だ。
とはいえ、多少なりとも映画史に触れていれば言うまでもないことだが、体験型上映は何も近年にはじまった形態ではない。映画批評家・樋口泰人によるレーベル「boid」主宰で2008年に開始された爆音上映会や、2001年から日本でも流行したインド映画のマサラ上映、あるいはミュージカルに端を発する映画『ロッキー・ホラーショー』(1975年)のパフォーマンス上映といった近年の作品群から遡ること数十年、1970年代後半以降の映画のアトラクション化を背景にトム・ガニングが論文「アトラクションの映画」(1986年)で論じたように、それは初期映画(1895年-1906年ころ)時代にはむしろ映画の基調をなすものだった。

簡単に振り返ってみる。たとえば4DX上映などの「ライド型(体験型)アトラクション」の人気からはすぐさま「ヘイルズ・ツアーズ」(ウィリアム・J・キーフが1904年に発表)が思い浮かぶ。「ヘイルズ・ツアーズ」とは一言でまとめれば、擬似列車旅行体験を与える上映装置/アトラクションのことである。列車内を模した上映設備に搭乗し、実際に走行する機関車の前面から撮影した風景が向かって正面のスクリーンに投影(ファントム・ライド上映)されるなか、その映像にあわせて客席が振動したり、汽笛が鳴ったり、人工的な風が吹き込んだりする。ディズニーランドの人気アトラクション「スター・ツアーズ」(映画『スターウォーズ』をモチーフに、搭乗した宇宙船型ライドが正面のモニターに映る映像にあわせて揺れ動くアトラクション)の源流であり、当たり前だがその想像力は100年後の体感型(4DXやMX4D)シアターへとつながっていくものだ(そもそも『劇場版プリパラ み~んなあつまれ!プリズム☆ツアーズ』の「プリズム☆ツアーズ」とは、列車内のカメラアングルまで含め、「ヘイルズ・ツアーズ」を意識したものなのではないか)。アメリカでの人気の受け、1910年代には「汽車活動写真館」として日本でも親しまれている。

応援上映会などの「イベント型(参加型)アトラクション」の歴史も同様だ。そもそもにおいて初期映画は、ヴォードヴィル劇場(演芸場のようなもの)における、歌や踊りといったライブ・パフォーマンスのなかの一プログラム=見世物の一つとして楽しまれていたし(そこには当然、初期アニメーションも含まれているし、世界初のアニメーションの一つとされる『愉快な百面相』[1906年]のジェームズ・スチュアート・ブラックトンも、もともとはライトニング・スケッチを披露するヴォードヴィリアンだ)、より直接的には「イラストレイテッド・ソング」が思い出されよう。歌詞の描かれたスライドを幻燈機でスクリーンに投射し、生演奏やレコードの伴奏にあわせて、観客全員で歌う参加型(シング・アロング形式)の演目である(アニメーションファンには、フライシャー兄弟によるロトスコープアニメ『ソング・カーチューン』シリーズ[1924年-1926年]が、この演目における次世代の表現であったと言えばわかりやすいだろうか)。

昨今におけるアニメ映画のアトラクション化のその先を考えるとき、映画史は様々な示唆を与えてくれる。
なぜトーマス・エジソンがキネトスコープ(覗きこみ式の箱型映画装置)を発明(実際の開発者はウィリアム・K・J・ディクソン)した1889年ではなく、リュミエール兄弟がシネマトグラフ(投影型映画装置)を発明した1895年が映画元年とされているかと言えば、〈映画〉とは個人で鑑賞されるものではなく、公共の施設(映画館)で上映されるものだとするイデオロギーが支配的であったためだ(映画史家ジョルジュ・サドゥールの言葉を借りれば、映画とは「スクリーンに投影された映像を不特定多数の人間が同一の場所で視覚的に共有する」もの)。

それゆえに〈映画〉は、時代ごとに繰り返し襲い来る、個人の上映(インディヴィジュアル・プロジェクション)の波に抗いつづけてきた。たとえば3D(立体視)映画の歴史を振り返ってみても、1950年代前半の第一次ブームはTVの普及への対抗であり、1980年代初頭の第二次ブーム(テーマパーク時代)は家庭用ビデオデッキへの対抗、そして2000年代半ばの第三次ブームはホームシアターへの対抗として存在していた。

もはやただの蛇足的確認だろうが、作品としての〈映画〉から、体験・参加型のアトラクションへという移行は、決して映画にとって現代的な現象ではないし、よく見られるような単純な映画館のテーマパーク化・ライブハウス化という語りはかなりの危うさをはらんでいる。
映画史はつねに、科学技術や情報技術の進展と寄り添いながら、個人と公共、鑑賞と体験のあいだの相克のなかに刻まれてきた(あるいはそれは「あいだ」ではなく、脚本術と編集技法に支えられたいわゆる「古典的ハリウッド映画」[≒〈映画〉]のほうこそが特殊近代の産物に過ぎないとする議論であれば、真摯に検討するに値するだろう)。

だからもし、『ガールズ&パンツァー 劇場版』や『KING OF PRISM by PrettyRhythm』での「アトラクションのアニメ映画」と、現代的・同時代的に連動した、密な結びつきを感じさせる(つまりそれへの対抗として、映画館に次世代の体験型・参加型上映の形式を呼びこむ原動力となりうる)趨勢は何なのかと問うならば、むしろそれは、たとえば2016年3月28日についに発売となる「Oculus Rift」や、同じく4月5日に発売となる「HTC Vive」、ソニー・コンピュータエンタテインメントが2016年3月16日(日本時間)に同年10月に発売予定と発表した「PlayStation VR」といったVR対応ヘッドマウントディスプレイ、あるいは個別の作品では「なろう小説」を準備した『ソードアート・オンライン』(いよいよ本格的に、批評的再評価がなされるべき一作だろう)の世界観を元に、2016年3月18日よりアルファテストが開始されたVRMMORPG『ソードアート・オンライン ザ・ビギニング』なのではないか。
よりアトラクション性を推し進めたうえで、不特定多数と共有しつつ「個人の上映」へと還すVRデバイス、そして「公共の場」で「個人の上映」を「体験」するARデバイス。
そのとき、「映画館」とはどこを指し、「観客」とは何を観る者なのか。
《高瀬司》
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