声優の社会的認知が拡大していく中、若い世代に声優を志す人が増えている。
そんな中、元大沢事務所のマネージャーで、花澤香菜や川澄綾子、能登麻美子などを発掘・育成してきた松岡超氏が新事務所フルパワープロダクションを設立。昨年第1回のオーディションを開催した。そして、2年目となる今年は、クレアボイス、ぷろだくしょんバオバブとともに「Produce Harmony」オーディションを開催することが決定した。
これからの時代にどんな声優を求めているのか、声優に必要なものは何かなど、これまで数々の声優をマネジメントし、キャスティングしてきた松岡氏と、KADOKAWAの要職を歴任し、アニメ製作にも深く関わってきた合同会社ENJYU代表の井上伸一郎氏に聞いた。
[取材・文=杉本穂高 撮影=Ayumi Fujita]
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●松岡超 プロフィール(写真左)
1991年、大沢事務所にマネージャーとして入社。川澄綾子(『Fate/stay night』セイバー、『のだめカンタービレ』野田恵)、能登麻美子(『地獄少女』閻魔あい、『君に届け』黒沼爽子)、花澤香菜(『鬼滅の刃』甘露寺蜜璃、『化物語』千石撫子)といった声優陣の発掘やキャスティングに携わる。2023年、声優事務所・フルパワープロダクションを創業。
●井上伸一郎 プロフィール(写真右)
合同会社ENJYU代表。数多くの映画やアニメのプロデューサーを務める。アニメ雑誌「ニュータイプ」創刊時に副編集長、マンガ雑誌「月刊少年エース」創刊編集長、KADOKAWA代表取締役副社長などを歴任。最新情報はインスタグラム@inoueenjyuをチェック。
◆松岡さんは人と人を繋げられる
――松岡さんと井上さんの出会いはいつ頃だったのでしょうか?
井上:松岡さんとはもう25、6年来の付き合いになりますね。出会いは『ゲートキーパーズ』という、GONZOの村濱章司さんが立ち上げたゲームの企画です。そこにKADOKAWAとして私が参加したのは、1997年から98年ごろでした。そのとき、すでに松岡さんは参加していました。
松岡:ゲームの企画は90年半ばごろからやっていたと思います。僕は当時、川澄綾子さんを一生懸命売り込んでいる時期でした。テレビアニメ化を見据えたオーディションで、主人公とヒロインは新人でいきたいということだったんです。当初の放映予定から制作が延びて2000年の放送時には川澄さんも有名になり新人じゃなくなっていましたが(笑)。
『ゲートキーパーズ』で一番記憶に残っているのは、文化放送のラジオ番組です。パーソナリティが三木眞一郎さんと川澄さんで、三木さんの胸を借りるつもりでやらせていただいていたのをよく憶えています。井上さんも現場によく来ていただきました。
――井上さんは、長いお付き合いで松岡さんというマネージャーをどう評価されていますか。
井上:マネージャーだけに収まりきらない、さまざまな領域に踏み込んでいる人ですね。普通のマネージャーは、当たり前ですがマネジメント以外のことはあまりやらないわけです。でも、松岡さんはある種プロデューサー的な資質を持っていて、人と人を繋ぐのが上手いんです。
松岡:昨年の取材でもお話しさせていただきましたけど、僕がキャスティングの仕事をするようになったきっかけは『ときめきメモリアル』というゲームで、大沢事務所に入って2年目か3年目の頃でした。その後、『serial experiments lain』という作品で主役の岩倉玲音役が決まらないという話を聞いて、パイオニアLDCのプロデューサー上田耕行さんに、当時子役でアイドル活動などもしていた清水香里さんをイベントで見つけて紹介したんです。
それから上田さんプロデュースの『テクノライズ』や『NieA_7』など、キャスティング協力を任されたりするようになり、井上さん企画プロデュースの『トリニティ・ブラッド』では、当時、外国映画の吹替や舞台、映像が中心だった東地宏樹さんを主役に推薦させてもらいました。
井上:東地さんはあの作品が初めてのアニメの主役でしたね。礼儀正しい方で、今でもお会いすると挨拶してくれるんです。そうやって、松岡さんはいろいろな人を繋いでくれるんで、ありがたい存在ですね。
◆声優は他者の芝居を聞くことが大切
――養成所を1年運営してみて、手ごたえはいかがでしょうか。
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松岡:おもしろそうな人はいます。正直、夏ごろまでにどの子を残すか概ね当たりをつけていたんですけど、今年後半になって急激によくなった子もいました。最初の頃は、あまり口出しせずに見守っていたんですが、後半には少し言ってみるかと思って話すようにしていったんです。芝居へのアプローチが代わり映えしない子に服装でも髪型でもいいから、もっと違う自分を出してみなさいと。そうしたら、吹っ切れて目力も変わり、集中力が増して、人の芝居も聞けるようになってきた子も出てきました。
相手の芝居を聞けないと、相手がいるのに、自分のセリフだけに集中しちゃうので、いかにも「自分のセリフだけ読んでいる」ような芝居になってしまうんです。他人の芝居も集中して聞けているか、それは見ているとわかるんです。
――井上さんも養成所で講師をされたそうですね。
井上:はい。今はアイドル的に活動する声優も多いですが、いきなりこうなったのではなく、第一次声優ブーム、第二次声優ブームを経て、どのように今の声優像が形作られてきたといった歴史をお話ししました。こういうことは知らなくても生きていけますが、基礎知識として知っておくのは無駄ではないと思うんですね。加えてテレビアニメは、かつてゴールデンタイムに放送されていたものが、今はなぜ深夜が主戦場になったのかなどの歴史も、声優にとって無関係なことではないと思ったので、お話しさせていただきました。
松岡:やはり、声優を自分の職業にするのならば、歴史について知っておいてほしいと思っています。若い人にとっては初めて聞く話も多かったと思いますけど、たくさん質問が出るなど熱心に聞いてくれました。
――井上さんには、理想の声優像というのはありますか。
井上:何でもこなせるような方もいるし、この役ならこの人しかいないと思わせるタイプの人もいる。正解はないですよね。例えば、『機動戦士ガンダム』で永井一郎さんはナレーションのほかにもいろいろな役をやっていますよね。一方で、クリント・イーストウッドだったら山田康雄さんしかいないと思わせる。あとは基本的なこととして、自分なりの芝居のプランを立てられるかどうかが大事じゃないですか。
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松岡:ある程度、どういう情景が広がっていて、人がここにいて、こう動いていると頭の中で構築する力がないと、芝居はできないですよね。
井上:あとは、相手の考えを読み取る力も重要ですね。自分のプランもあるけど、演出家や共演相手にもプランがあるわけですから。
松岡:アニメのアフレコって、昔は現場でアフレコ映像をスタジオで通しで見るもので、事前には見なかったんです。ベテラン声優さんから聞いたことがあるのですが、個々の思い込みを作りこんでいくより、当日アフレコスタジオで出演者全員一緒に同じ空気感の中で映像を見て、調整していくほうが統一感が取れると言うことをおっしゃられる方もいます。
井上:ある程度技量がある人たちならそれができます。
松岡:引き出しが多いから、それができちゃうんですよね。