村上春樹の短編を組み合わせた「めくらやなぎと眠る女」で新たに生まれた文脈【藤津亮太のアニメの門V 109回】 | アニメ!アニメ!

村上春樹の短編を組み合わせた「めくらやなぎと眠る女」で新たに生まれた文脈【藤津亮太のアニメの門V 109回】

村上春樹の原作を初めてアニメ映画化した『めくらやなぎと眠る女』。音楽家でアニメーション作家のピエール・フォルデス監督が、村上春樹の6つの短編を再構築した作品だ。

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『めくらやなぎと眠る女』は村上春樹の短編小説を組み合わせてひとつの長編に仕立てたアニメーション映画だ。アニメーションとしてもユニークな肌触りの作品であり、また物語も短編を組み合わせたことで原作にはない新たな文脈が生まれて、印象深い作品となっている。  

本作はピエール・フォルデス監督の絵コンテに従ってまず実写を撮影し、その動画を参考に、アニメ用にデザインされたキャラクターに基づいて作画を行った。またキャラクターの表情については、3DCGでキャラクターデザインに基づいたモデルを起こし、それを役者の演技に連動させたものを、作画に起こしたという。フォルデス監督は、これをライブ・アニメーションと呼称している。  

そのほか周囲のモブキャラクターを半透明に表現したり、背景美術のアウトラインを白で描いたりと印象に残る表現も多い。背景美術の色使いがヨーロッパを感じさせるところも加わって、日本を舞台にしながら、リアリズムと寓話の間を漂うような、独特の浮遊感が生まれている。  

奇しくも山下敦弘・久野遥子両監督による『化け猫あんずちゃん』も、実写で映画を撮影し、役者の動きを拾いつつも、シルエットは役者とまったく異なるキャラクターを作画するというスタイルで制作されている(同作はこの手法も従来と同じくロトスコープと呼んでいる)。また背景は、『めくらやなぎ~』のプロデュースを手掛けたミユ・プロダクションズが手掛けているという共通点もある。作品の内容は異なるが、両作のアニメーション表現の狙いどころは案外近いところにあるといえるだろう。  

フォルデス監督が映画の題材として選んだ短編は「UFOが釧路に降りる」「かえるくん、東京を救う」「めくらやなぎと、眠る女」「バースデー・ガール」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」に「かいつぶり」を加えた6編。「かいつぶり」は映画冒頭などで登場する「階段」や「廊下」のイメージソースとして使われているので、具体的に小説のエピソードが拾われているわけではない。  

フォルデス監督はこの5編をどのように構成したか。映画は全体で7つのチャプターに分かれており、パートの頭には数字が表示される。大雑把にあらすじを記すと次のようになる。

<1>東日本大震災が起こった日から、小村の妻・キョウコはテレビで報道番組を見続けていた。ある日、キョウコは書き置きを残して、小村の元を去ってしまう。(「UFOが釧路に降りる」前半に相当)

<2>小村と同じ東京安全信託銀行に勤めるうだつのあがらないサラリーマン・片桐。彼が帰宅すると部屋にかえるくんがいる。かえるくんは片桐に、東京に震災を起こそうとしているみみずくんを倒すため、ともに戦ってほしいと依頼をする。(「かえるくん、東京を救う」前半に相当)

<3>週末、故郷に帰った小村は、甥のジュンペイの通院につきそう。小村はその病院で、高校生のころに、キョウコとキョウコの恋人で友達だったヒロシと会話したことを思い出す。キョウコはそこでめくらやなぎの花粉で眠り続ける女の物語を語った。ヒロシはその後、バイクの事故で死んだ。(「めくらやなぎと、眠る女」に相当)

<4>上司からリストラ勧告を受ける小村。休暇をとった小村は、同僚の佐々木に頼まれて北海道の佐々木の妹・ケイコのところまで「箱」を届ける。ケイコが予約してくれたホテルで、ケイコの友達・シマオと会話をする小村。シマオに、あの「箱」の中には小村の魂が入っていたのではないかと言われ、小村はその瞬間、強い暴力衝動を感じる。(「UFOが釧路に降りる」後半に相当)

<5>キョウコはホテルのバーで、ある男にかつて20歳の誕生日に経験した不思議な出来事を語る。当時アルバイトで働いていたレストランのオーナーに食事を届けることになり、そこでオーナーから「願い事をひとつ叶えてあげる」と言われたのだった。(「バースデー・ガール」に相当)

<6>片桐は、会社に現れたかえるくんから、みみずくんと戦う日時が決まったと告げられる。しかし片桐は何者かに撃たれ、気が付くとそこは病院だった。すでに戦いの日時は過ぎてしまっていた。やがて病室に現れたかえるくんは、片桐は想像力の中でちゃんとかえるくんを応援してくれ、なんとかみみずくんに勝つことができたと語る。そしてかえるくんは、溶けて消えてしまう。(「かえるくん、東京を救う」後半)

<7>キョウコの書き置きに従って、行方不明になった飼い猫ワタナベ・ノボルを探す小村。裏庭から続く路地に入り草むらを通り抜けると、ある家の庭に少女がいた。少女と会話をするうちに小村は眠りに落ち、目が覚めると少女はいない。小村は上司にリストラを受け入れると電話し、キョウコにメールを送る。(「ねじまき鳥と火曜日の女たち」に相当)。  

5つの短編は「妻が失踪した小村の物語」と「かえるくんと片桐の物語」(これはほぼ原作通り)、「失踪したキョウコの回想」(こちらもほぼ原作通り)という形に整理されている。それによって本作は、地震に「封印していたなにか」が地震によって揺り動かされ、それによって生き方が変わる3人(小村、キョウコ、片桐)の物語という顔を持つようになった。短編では、あえて読者に投げかけられていた「問い」に対して、映画はある種の「答え」を含んだ形で制作されている。これはこれで、ひとつの原作と映像の関係であろう。


《藤津亮太》
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