「3DCG」と「手描き」の本質的違い、そこから生じる長所短所とは 藤津亮太のアニメの門V 第23回 | アニメ!アニメ!

「3DCG」と「手描き」の本質的違い、そこから生じる長所短所とは 藤津亮太のアニメの門V 第23回

連載・コラム

現在、キャラクターを3DCGで描く作品が数本放送中で、(主にセルルックの)3DCGキャラクターが定着しつつあることを実感させる。また映画館では『BLAME!』もイベント上映ながらヒットしている。
こういう現状の反映として、学生やカルチャーセンターの受講生から「手描きと3DCGの違いや将来」について質問を受けることは少なからずある。その質問を聞くと、(関係者やライターにとっては当たり前の)3DCGの長所と欠点はまだよく知られているわけではない、ということを実感する。
個人的にも、昨年秋からまた3DCGの現場を取材する機会が増えたこともあり、ここで一旦3DCGと手描きの長所と短所の基礎の基礎についてまとめて置こうと思う。

まず大前提として確認したいのは、3DCGだろうが手描きだろうが、よい画面を作るのに“絵心(画力とはちょっと違う)”が必要なのは代わりはない。3DCGソフトにせよ、鉛筆(あるいはスタイラスペン)にせよ、それはツールに過ぎず、アニメ制作で“絵心”が求められるのは変わりがない。
たとえば見逃されがちなのは、3DCG作品でもプリプロダクションは手描きで行っているという点だ。たとえば、ピクサー作品などの画集を見ても、イメージボードやキャラクターの原案、絵コンテといったパートは手描きで進められている。「どういうものを作るべきか」というトライアル&エラーの領域では、小回りの利く手描きのほうにメリットがあるというわけだ。
もちろん実制作においても“絵心”が求められるのは変わらない。ただ3DCGと手描きでは、その求められ方はちょっと違う。手描きの能力を大雑把に「レイアウト(空間を切り取る能力)」「デッサン(対象を立体として正確に捉える能力)」「動き(動きの実感を伝える能力)」の3つに分けてみよう。当然ながら手描きのアニメーターの作業はこの3つが不可分に結びついており、(得手不得手はあれ)この3つの能力を兼ね備えていることが求められる。

しかし、3DCGだとこの3つの能力は、3つの工程に分解されている。「対象を立体として正確に捉える能力」はキャラクターを造形する「モデリング」の工程に求められ、「空間を切り取る能力」は「レイアウト」に、「動きの実感を伝える能力」は「アニメーション」の工程で求められる。当然担当者も異なってくる。
これはつまり、3DCGでは、デッサン力がなくても、動きのセンスがよければ、アニメーターとして働くことができる、ということでもある。だがそれはつまり「“仕込み”がものをいう」ということでもある。よいモデル(単に立体として出来栄えがよいだけでなく、作品に求められる動きや表情がつけやすくなっているのも大事)があり、よいレイアウト(レイアウトの段階でキャラクターの大雑把な動きも決める)がなければ、3DCGのアニメーターは力を発揮できないのだ。
手描きと3DCGの本質的な違いはここにある。

ある取材で「3DCGは大きな船のようだ」という発言があった。安定感には優れているが、動き出すまでに時間がかかり、小回りは利かない、ということだ。これに対して、手描きは、安定感には劣る(属人的な要素が大きく、あがりが作業者のセンス能力に依る度合いが高い)が、小回りはきく。
たとえば現在放送中の3DCG作品『ID-0』の公式Twitterでは次のような投稿がなされている。投稿したのはメーカーのプロデューサーである湯川淳。
「本作の脚本の進め方は、シリーズ前半の脚本をアップし、キャラクターの性格・設定等がある程度、固まったあと、一度、全話分の詳細なプロットを書き上げてから進めました。それはCGのモデリングの数の調整が必要だったためです。モデリングが一番、制作に手間がかかるのです」(https://twitter.com/ID_0_anime/status/864507207680802817)
モデリングの手間は、そのまま3DCGは老若男女が入り交じったモブシーンが苦手(軍隊のように同じ格好の人間がそろっているなら大丈夫)であるという状況に直結している。そして、小回りが利かない分、画面を作るために何が必要かどうかをできるだけ「川上」で決めることで制作をスムーズに進行させようというわけだ。

こういう試みは、各作品でそれぞれのアプローチがされているようで、たとえばNetflixで配信中の『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』は、脚本打ち合わせにアニメーションプロデューサーが参加して、その場でそのシーンが実現可能かどうかをジャッジしたという。実現が難しいシチュエーションであるなら、脚本段階で別の実現可能な内容に変えてしまおうというのだ。『BLAM!』のトークショーでは、シノプシスをもとに背景設定、キャラクターデザインなどが準備され、脚本はそれらの作業と並行して進められたという話が紹介された。ちなみにストーリーボード(絵コンテ)が出来上がるのは、脚本をもとにプレスコが行われてからで、工程でいうとかなり川下に位置している(このあたりは『CGWORLD』6月号にも詳しい)。
「仕込み」が重要な3DCGはつまり、「仕込んでいなことはできない(幅が狭い)」メディアなのだ。ある監督は3DCG制作を建築に例えていたが、要は「パース(完成予想図)から設計図を起こす過程が重要」ということで、現場で突然、「間取りを変えよう」とか「階段をつけよう」と思いついても難しいというわけだ。
そしてこの「仕込み」先行という特性は、スケジュールが手描きと比べて崩れにくい(あくまで比較の問題)という傾向にもつながっている。また3DCG会社は、スタッフを社員として雇用しているところが多く、そういう側面からも、スケジュール管理をしやすいということもいえる。

一方、手描きの長所は、3DCGのちょうど短所の逆になる。
まず、小回りがきくこと。老若男女のいるモブシーンも、動かしまくるのは大変だが見せ方を考えれば十分可能だし、1カットしか登場しない小物も凝ったデザインで描くことができる。キャラクターのアップとロングで情報密度を変えて、見栄えをコントロールすることも自在にできる。また、細部にいけば、ものを掴んだ時の指先や洋服といった、「柔らかく変形するもの」は手描きの表現のほうがまだ自然に見えるという長所もある。
もう少し踏み込んで考えると、「3DCGより手描きのメカのほうが魅力的に見える」場合がある。これは手描きのほうが3DCGよりも、「そこにそのメカがいたらこう見えるだろう」という"印象"のフィルターが強くかかる傾向にあり。、形状やボリューム感が自在にコントロールすることでリアリティ(もっともらしさ)が強調されるからだ。当然、これはメカだけに限った話ではない。キャラクターでも十分起きていることだ。

また、なにより絵なので、多彩なスタイルを手軽に選択することが可能だ。
たとえばわかりやすいところで『ちびまるこちゃん』の教室カットで頻出する、平面的な俯瞰図。あるいは『クレヨンしんちゃん』の独特のデフォルメを思い浮かべてもいい。あるいは湯浅政明監督の作品の魅力も、「絵としての魅力」に由来することは改めていうまでもない。
作品全体でなくとも、手描きの場合、ひとりの人間(アニメーター)のセンスが画面の多くを支配しているので、突出したシーンを作ることが可能で、それによって作品を支えるという演出もできる(たとえば『虹色ほたる』の大平晋也担当分とか)。

こうした要素がある限り手描きに対する(線画に親しみのある東アジアを中心に)ニーズはありつづけると思われる。その点で『BLAME!』の瀬下寛之監督が語っている「3DCG作品はそれまでの日本のアニメを拡張しているのであって、入れ替わるといったようなものではない」という言葉が、今起きていることの実態に近いと思う。
むしろネックはクリエイティブ部分ではなく産業的側面にある。手描きは、フリーランス中心の制作体制によるデメリットがことさら目立つようになってきたし、かつスケジュールは3DCGよりコントロールが効きにくいという点も問題としては大きい。

実は3DCG作品の増加は、クリエイティブ面よりも、雇用体制の見直しやワークフローの再構築(デジタル作画への注目はここに位置づけられる)とスケジュール管理の徹底といった、産業的側面から手描きアニメに大きな影響を与えるのではないか、と思う。

[藤津 亮太(ふじつ・りょうた)]
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ
ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』がある。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」(http://ch.nicovideo.jp/animenomon)で生配信を行っている。   
《藤津亮太》
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