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傍らでほほ笑むのは、キャラクター原案を手がけた美樹本晴彦氏。荒木監督が長年にわたって尊敬し続けてきたクリエイターだ。
12月10日に新宿ピカデリーで行われたパッケージ発売記念上映イベントにて、初めて公の場で言葉を交わした2人。
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イベント直後、ステージでは語り尽くせなかった想いや、絵作りへのこだわりを伺った。
■和と美少女の融合が『カバネリ』にピッタリだった
――パッケージ発売記念上映イベントでは、荒木監督が美樹本さんの作品への愛を語っていたのが印象的でした。荒木監督が思う、美樹本さんのイラストの魅力は?
荒木:清楚であり艶やかでもある。そこが何よりの魅力的です。
――荒木監督は、美樹本さんのキャラクターにどんな作品で触れてこられたのでしょう?
荒木:クリエイターとして『トップをねらえ!』にはかなり影響を受けましたし、『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』も心に響きました。そのあと、マンガの『マクロス7 トラッシュ』や、近年では画集『そこにいる少女たちの情景』などを見て、長く最前線で活躍し続けている姿が印象に残っていました。
美樹本さんの画集を買ったりしていた当時は、将来自分が仕事をお願いするとは思っていませんでしたが、「こんな素晴らしい絵を描く方と一緒にお仕事を出来たらいいなあ」と憧れを抱いていました(笑)。
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――そんな美樹本さんは、絵を描くときにどんなこだわりを持っているのでしょうか。
美樹本:僕の絵は、自分ではあまり意識していないのですが、時代ごとに揺れがあるんです。若い作家さんの絵など、時代ごとに「いいな」と思った表現や感性に影響を受けているのでしょうね。
。
お世話になっている、アート雑貨などを扱うアールビバンさんに行くと、若手イラストレーターの作品がズラッと並んでいます。「今はこういう絵がかわいいのか」と勉強して、取り入れることもありますね。
荒木:美樹本さんの版画作品ではとくに「和と美少女の折衷」が印象的でした。美少女と四季折々の融合が好きで、「これは美少女ものであり和ものでもある『カバネリ』に合うな」と思ったんです。
■美樹本イラストの瞳へのこだわり
荒木:美樹本さんのイラストは瞳が大きめですよね。つぶらであるというか……。
美樹本:黒目がちですね。
荒木:作画スタッフにもキャラクターを描く際に「瞳の中の黒目面積を増やして」と指示していました。「白目を狭くしたほうが美樹本さんの絵に似るよ」とよく言っていましたね。
――上映記念イベントで、作画資料として美樹本さん歴代イラストアーカイブを共有していたお話がありました。アーカイブ内でも、やはり瞳をピックアップしていたのでしょうか。
荒木:はい。何卒つぶらにと。ただ、最初はそれを意識し過ぎてしまい、白目を狭くしようとして目のサイズそのものが小さくなってしまう現象がよく見られました。なので注意事項の中に、「黒目面積は大きくするけど、目は小さくしないように」と明記していたぐらいで。
やがて制作が進むにつれて、作画チームが良いバランスを掴んでくれました。
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――美樹本さんは、瞳を描くときに「黒目を大きく」と意識しているのでしょうか。
美樹本:意識しているわけではないですが、自分のイラストに違和感を覚えたときは目が原因となっている場合が多いです。
僕はあまり理詰めで描くほうではないので、「なんか違うなぁ…?」と思ってしまうといつまでもスッキリするまで描き直したりしていました。
おそらくアニメの制作現場でも、キャラクターを描きながら「なんが違うなぁ……」ということがあったのではないでしょうか。
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荒木:制作当初の現場では「どうしたら美樹本さんの少女の絵のように憂いを帯びた表情になるんだろう?」と試行錯誤していましたが、瞳にこだわると、美樹本美少女の魅力である「憂いを帯びた表情」に接近できることがわかってきました。
――実際に『カバネリ』のアニメーション映像をご覧になって、美樹本さんはいかがでしたか?
荒木:どうでしたか? 自分の絵のようにお感じになられましたか?
美樹本:1~3話の劇場上映会で初めて映像を見て、生駒が出た瞬間に「おお、すごい!」とびっくりしました。
僕はアニメの仕事をしばらく離れていたので、キャラクター原案はアニメとして仕上げる前提で描いていなかったんです。
それをキャラクターデザインの江原(康之)さんや荒木監督たちがアニメの絵としてうまく作ってくださった。設定画を見ただけでは正直ピンと来ていなかったんですが、完成した映像を見て、「おお! これだよ、これ!」と興奮したのを覚えています。
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荒木:実は面と向かって感想を聞けていなかったので、どう思っていたか今初めて知りました。気に入っていただけていたようでホッとしました(笑)。
美樹本:こちらこそ、ありがとうございます。
■再現から1歩先へ
――『カバネリ』では、美樹本さんのイラストのような美麗さを再現するために、キャラクターの表情にメイクアップを施す「メイクアップアニメーター」という役職を立てられています。荒木監督からはどのような指示を出されていたのでしょうか。
荒木:具体的なポイントはあんまり指示していないのですが、制作当初「クローズアップのシーンは美樹本さんのイラスト並みに表現にする」と宣言したんです。
――おお、現場のスタッフにとっては、かなりプレッシャーがあったかもしれませんね……。
荒木:実際はメイクアップ班に美樹本さんの画集を渡して。僕の仕事はそこまでです(笑)。
でもメイクアップ班の松本幸子さんや中愛夏さんなどが美樹本さんのイラストをよく研究して、「どうしたらかわいいかな」と色々盛り込んでくれました。
最初のうちは「どの線までボカして、どこはボカさないか」などについて意見交換したこともありましたが、すぐに彼女たち自身が勘所を掴んでいったので、僕は喜んで受け取るだけでした。
最初から“メイクアップ”と名付けていたわけではないのですが、『カバネリ』では映像ソフト「TVPaint Animation」を使った、通常のアニメよりもう1段進んだ技法を導入しようと思っていて。
あるときから「この手法を“メイクアップ”と呼ぶ」と宣言して今に至ります。
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――『海門決戦』の中でもメイクアップを用いたシーンが登場します。とくに美樹本さんのイラストらしさが出たと感じたカットはありますか?
荒木:実は『海門決戦』に関しては、「美樹本さんのイラストを再現する」ことを最優先に掲げていたわけではありません。
TVシリーズからもう1段進んで、キャラクターデザインの江原さんの個性をさらに上乗せした絵にバージョンアップしようと思っていました。
TVシリーズを美樹本さんの絵を描きこなすための練習期間とするならば、『海門決戦』は江原さん自身の絵にするための期間だったと言えます。「TVシリーズを受けて今の江原さんだったらどう描くか」と。
だから『海門決戦』では、作画チームに「美樹本さんのマンガのこの表情で」といった指示はしていません。
それでも思いがけず、極めて美樹本晴彦さんを感じさせる絵になったカットもありました。Blu-ray&DVDのジャケットにもなっている、無名が涙を見せるシーンがそうですね。
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