安彦
『百日紅~Miss HOKUSAI~』の原作コミックスは、短いものなんですか?
原
原作は、1話読み切りの構成になっています。そのため、物語としてはっきりとした終わりもなくて、1本ずつ違うエピソードが続いているという感じですね。
安彦
オムニバスみたいになっているんですね。『百日紅』という作品自体にも思い入れがあったんですか。
原
杉浦日向子さんの作品に二十代後半くらいに出会って、すごい人がいるなと衝撃を受けました。いつかこの人の作品をアニメーションとしてやってみたいとずっと思っていました。
安彦
杉浦さんが亡くなったのはいつでしたっけ。
原
もう十年くらい前になります。
安彦
お会いになったことはあるんですか。
原
残念ながらないんです。
安彦
僕は一度お会いしたことがあるんですよ。東北の青森県の五所川原で開催されたシンポジウムで。僕が歴史漫画を描いていて、弘前に縁があるということで呼ばれたんですが、そこに杉浦さんがいらっしゃったんですよ。そのときにお会いした杉浦さんは非常に丁寧な物腰の方という印象でしたね。柔らかい丁寧な話し方をするんですよね。
お会いしたとき、あるクイズ番組で言っていた、江戸の人の歩き方について話を聞いたのですが、その答え方も見事で、何て頭がいい人なんだろうと思いました。それから何年かしてお亡くなりになってしまったんですよね。僕は、この原作も知らなくて、どういう話なのかと思っていました。ちなみに、一番気になったのがこの主人公・お栄の眉なんです。これは原作でもこういう設定だったんですか?
原
原作ではここまで太くはないんです。これは僕がキャラクターデザインの方にお願いして太くしてもらいました。原作でもお栄という北斎の娘のエピソードが一番多かったのですが、北斎自身のエピソードだったり別のキャラクターのエピソードだったりと1話読み切りで連なったものが『百日紅』という原作なんです。
原作ではお栄はあまり美人ではないという設定になっているのですが、それをちょっと美形にしてもらおうと思いました。でも、ただ普通に美形にするのではなくて、少しバランスを崩してもらおうと眉を太くしてもらいました。
安彦
思い切って太くしてもらいましたね。これ観ていてこれはいい女と言わせたいのか美人じゃないと言わせたいのかどちらなんだろうと気になっていました。お栄は世間的によく知られている方なんですか。
原
まだそんなに知られていないと思います。『北斎漫画』という映画では出ていましたよね。ただそれほどメジャーな存在ではないと思います。
安彦
お栄が実際にはどんな顔をしていたのかは、判るんですか?
原
葛飾北斎が描いたお栄の絵があります。ホームベースみたいな顔で描かれていて、北斎からは「あご」って呼ばれていたと言われています。その絵を見ると、目もきつい感じでしたね。北斎は絵だけでなく手紙もいくつか残っているのですが、今で言う「絵文字」みたいなものを描いているんですよ。その中に「こういうエラが張った顔をした女が行くからよろしく」みたいなことを残していました。
北斎研究の原点のような『葛飾北斎伝』という本がありまして。明治時代に書かれた本なのですが、北斎に会ったことのある人が生き残っていた時代に見聞きして北斎がどういう人だったのかということを書いた本があり、その本にお栄と北斎の生活ぶりなどが書かれているんです。