企業とクリエーターの関係を考える意味では、プロダクション I.Gの上場には、両者の新しい関係を構築する点があった。それは、社員以外の人も含む、複数のクリエーターがプロダクション I.Gの株式を所有していたことである。 今回の株式上場で、こうしたクリエーターが株式上場含み益を得たことは言うまでもない。プロダクション I.Gは、これまで一定の労働の対価として報酬をクリエーターに渡す以外に、全く別の方法でクリエーターに報いる方法を見つけたのである。 これは企業側にとっては単に金銭的な理由だけでなく、より密接で持続的な関係をクリエーターと結ぶ装置としても働く。クリエーターにしてみれば、自分が株を持っている会社の仕事を優先し、力を入れるのは当然といえるからだ。 株式上場は、通常は1回限りのイベントである。しかし、必ずしも株式を上場しなくても、同様の効果はストックオプションの付与で可能である。ストックオプションは、一定の価格で会社の株を買う権利を与えるもので、会社の株価がその金額より高くなれば、株の購入者の利益となるものだ。 実際に、プロダクションI.Gは、既に昨年の8月にこのストックオプションを導入している。勿論、社員のモチベーションを上げるためのストックオプションは企業においては珍しいことではない。 しかし、ここで重要なのはクリエーターに厚く、また社外のクリエーターもが、ストックオプションの対象になっている事実である。 文章があまりにも長くなったのでここでは触れることが出来なかったが、東映アニメーションやトムスエンタテイメントいった老舗の制作会社にも、優秀なクリエーターを持続的に維持出来るシステムが存在していると考えられる。それは長い歴史とその企業規模の中で築き上げられた自立的なシステムといってもいいだろう。 いずれにしても、アニメ制作会社の企業価値にとって重要なのは、ひとつは優れた作品を作ることの出来るスタッフとクリエーター、そしてそれを持続できるシステムである。そして、ふたつめが制作した作品の権利を自社の資産として保有できることである。 現在、企業価値が高く評価されている企業は、意識的であれ、結果論であれ、それを実現出来た企業であるといえるだろう。そして、今後成長を目指す、あるいは株式上場を目指す企業が市場から高く評価されるには、この両方を実現していることが求められるに違いない。(数土直志)