コミュニケーションが苦手で、俳句以外では自分の気持ちをうまく伝えられない少年チェリーと、容姿のコンプレックスが克服できず、常にマスクをしている少女スマイルの出会いを描いた青春グラフィティだ。
監督を務めたのは、『四月は君の嘘』『クジラの子らは砂上に歌う』などを手がけたイシグロキョウヘイ。自身初のオリジナル劇場作品となる。
アニメ!アニメ!では、ファン待望のオリジナル作品を作り上げたイシグロキョウヘイ監督にインタビュー。
初のオリジナル作品で描きたかったこと、「音楽」「俳句」といったモチーフ選びの理由、さらにオリジナリティを見せたビビッドな色彩や音楽好きならではのこだわり、今後の作品作りへの思いについて、たっぷりと語ってもらった。
[取材・文=タナカシノブ]
◼ 自身初のオリジナル劇場作品。描きたかったものとは?
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——イシグロキョウヘイ監督初のオリジナル劇場作品となりますが、企画はどのように持ち上がったのでしょうか。
イシグロ:『四月は君の嘘』の放送終了後に、フライングドッグさんから「音楽モノでオリジナル作品を」とお話をいただいたのが始まりでした。2015年頃です。
お話をもらった時点で「SF要素の強い音楽モノ」というプロットは出来上がっていたんですが、僕自身の趣味嗜好や「SFではなく実景ベースの物語をやっていきたい」という気持ちが強かったので、今のような形にシフトしていきました。
――脚本の佐藤大さんなどスタッフィングはどのように進めていったのでしょう?
イシグロ:企画スタートから1年半くらい経った頃に、僕自身やりたいこと、描きたいことはあるけれど、うまく物語に落とし込めず行き詰まってしまったんです。
このままではいけないと思い、個人的に繋がりのあった脚本家の佐藤大さんに「音楽もので明るい物語を」とオーダーのうえ参加してもらいました。そこからキャラクターデザインを決めたり、SIGNAL.MDに話を持って行ったりとメインスタッフをかき集めました。
そういう状況を作ってしまえば、何かが動き出すような気がしていたので、まず現場を固めたという感じです。
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——佐藤さんとはどのように物語をつくっていったのでしょう?
イシグロ:大さんへのオーダーは「実景ベースの物語であること」「『グーニーズ』(※)みたいな群像劇であること」くらいでした。
群像劇を描くにあたり、舞台は、地方都市で田んぼに囲まれたショッピングモールにして、主人公は団地に住んでいる少年としました。その時点でのプロットは『グーニーズ』っぽい群像劇で出来上がっていて、現在のような恋愛要素は含まれていませんでした。
※海賊の財宝を探す悪ガキ集団“グーニーズ”が繰り広げる冒険を描いた1985年公開のアメリカ映画。
——どの時点で「ボーイ・ミーツ・ガール」を主軸としたストーリーになったのでしょうか?
イシグロ:シナリオの段階で話の流れはよくできていたのですが、一方で今のお客さんに刺さるものが足りていないとの意見もありました。そこで物語の筋はほぼ変えず、群像劇ではなくチェリーとスマイルにフォーカスして作り直しました。あと、僕も大さんも大の音楽好きなので、音楽の要素を絡めていった感じです。
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——スマイルは出っ歯を隠すためにマスクをしていたり、チェリーは人との会話を苦手としていたりと「コンプレックス」がキーワードになっています。
イシグロ:僕は、思春期の子が自己を確立していくドラマが好きなんです。だから本作でも「恋愛」はあくまでもエッセンスで、自己を確立する過程でコンプレックスを克服していく…という筋立てでストーリーを練っていきました。
最終的に描きたかったのは、自分が嫌だと思っているネガティブな要素も、他人の視点から見たらいいこともあるということ。見てくださった方が、自分の嫌なものを良いことと思うきっかけになってくれたら嬉しいです。
◼ 俳句、マスク、言葉、音楽。モチーフ選びの理由
——マスクをしているヒロインは、アニメではなかなか見ないキャラクターですが、可愛らしく描かれていました。
イシグロ:そこは自信がありました。実写では難しいかもしれませんが、アニメなら絶対に可愛く描けると思っていました。
実際出来上がって、口を閉じているのにちらっと前歯が出ちゃうなんて、小動物みたいで可愛いって思いました。僕も出っ歯なのでその辺のコンプレックスは植え付けられているので彼女の気持ちがわかるんです。
——キャラクターを描くうえで表情は重要な要素かと思いますが、スマイルはマスクで顔の半分が隠れています。演出するうえで難しさはありましたか?
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イシグロ:かなり難しかったです。可愛く描くことに絶対の自信はあるけれど、口元を隠して感情表現ができるか不安はありました。
でも、顔文字の作り方を見ているときに、日本は「目」で欧米人は「口」で感情を読み取っていることに気づいたんです。だったらそこにかけてみようと。笑っているとき、悲しんでいるときと感情に合わせて、目の表情をしっかり描くことを意識しました。
あとは、スマイルは元気よく明るい子なので、身体全体を動かすなど、芝居を通してキャラクターを伝えることにこだわりました。
——SNSといった現代ツールを活かしながらも、レコードなど懐かしいアイテムもキーとなるなどそのバランスが絶妙でした。
イシグロ:SNSもありつつ、ピクチャーレーベルのレコードも登場する…キービジュアルで描いたこのイメージは初期から固まっていました。
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レコードのなかでもピクチャーレーベル(文字だけでなく、多色の写真、絵等が印刷されているディスク)を重要アイテムとして登場させているんですが、これは単純に僕が好きだからです(笑)。
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——モチーフに「俳句」を取り入れたのはなぜでしょう?
イシグロ:いとうせいこうさんが「俳句は日本語ラップの始祖なんじゃないか」という説を唱えていて、「俳句は韻も踏んでいるし、サンプリングもしている。完全にヒップホップじゃん」と。それにインスピレーションを受けました。
チェリーが作る俳句は、実際に本当の高校生が作ってくれたものなんです。みずみずしく、若者っぽい、走っている感覚の言葉のチョイスが体感できます。
俳句とアニメの相性の良さも実感しましたね。
◼ ビビッドな色彩、リアルではなく誇張の色
——キービジュアルが象徴的ですが、デザイン面ではビビッドな色調が印象的です。
イシグロ:この色彩になった理由は、完全に僕の趣味です。80年代を代表するイラストレーターの鈴木英人さん、わたせせいぞうさんが大好きなんです。ディテールではなく、シルエットで画を捉えるセンスが好きで、本作のデザインでも意識しました。
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——映画のスタイルを決めるうえで色調も重要ですが、リアルに描くというよりは、誇張したビビッドな色使いですね。
イシグロ:僕の考え方としては、現実に即すのではなく、ある程度飛躍した色になってもそれが映画の個性になればいいかなと思っています。
影の付け方もそうです。影があるべき場所になくてもいいし、黒でなくてもいい。派手目な色を指定したわけじゃないけれど、美術監督の中村千恵子さんが変わった色をいっぱい使う方で(笑)、面白い色調にしてくれました。
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——色彩も含めて監督の“色”が出た印象があります。演出するうえでこだわった点を教えてください。
イシグロ:これまで手がけた作品では、必ず人が死んでいました。ですので今回オリジナル作品を作るうえで、バッドエンドだけは嫌だと主張したんです。物語はハッピーエンド、ポジティブで終わらせたい。大さんもちょうどそういう気分だったらしくよかったです。
——本作を経て、クリエイターとして追求していきたいことなど発見はあったのでしょうか?
イシグロ:原作モノを監督しているときは、自分の個性はそんなに出さなくていいと思っていました。原作の良さを正しくメディア変換して、アニメとしておもしろく描くことが大事だからです。
だけど、オリジナルになると話は全く違ってきます。
そもそも立ち返る原作がないし、自分がやりたいものを提示してつくっていくしかないわけです。自覚的にモノを生み出すことになるので、個性や作家性も大事なんだと気づきました。
なんとなく最近の傾向として、「演出家の色を出す」というよりも原作の良さを忠実に再現したり、求められるものを的確にこなす演出家が求められている気がします。
でも、僕は学生のころ「自分の作品」と呼べるものを当たり前に作っていました。今回オリジナルをやってみて、あのころを思い返してやっていた気がします。苦しさもあるけれど、楽しい作業でした。
今後は、基本的にオリジナル作品をつくっていきたいです。
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――楽しみにしているファンにはうれしいお言葉ですね。
イシグロ:でないと、この仕事を選んだ意味がないかなと。もちろん、絵コンテなどのお手伝いとして原作モノには参加させていただきます。ですが、監督としては原作ものはやらないって決めちゃいました。自分をむき出しにした作品をつくっていきたいですね。
『サイダーのように言葉が湧き上がる』
(C)2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
7月22日(木・祝日)全国ロードショー
配給:松竹
キャスト:市川染五郎、杉咲花/潘 めぐみ、花江夏樹、梅原裕一郎、中島愛、諸星すみれ/神谷浩史、坂本真綾/山寺宏一
(C)2020フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会
7月22日(木・祝日)全国ロードショー
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