■コンセプトは「3つのHigh」
――たしかに海外では、SFやファンタジー、あるいは同じ日本でも現代ではなく近未来を舞台にした作品が人気な傾向はあります。
森
そういった海外ファンの状況がある一方、今の日本のアニメマーケットでは、毎クール5~60本以上の新作アニメが放送されています。
そんな中で日本のアニメファンに“ゼロ話切り”されないためにはどうすればいいか? という問題があります。
それに対しては、「+Ultra」は高いクオリティの作品を恒常的に打ち出せる枠にしていきたい。
劇場用に近いレベルの作品が「+Ultra」では毎週見られる、という状況を作ることで、目の肥えた日本のアニメファンの皆様にも安定して見ていただけると考えています。
――すでに放送が始まっている『INGRESS THE ANIMATION』や、今後放送されるラインナップもかつてのOVAを想起させるようなクオリティの高さを感じますね。
森
アニメは1作品作るのに何百人ものクリエイターが1年も2年も費やして作っていますから、せっかく作り上げた作品が見てもらえないのは一番悲しいことです。
ではどうやったら見ていただけるか? そのひとつの答えが、きちんとクオリティの高い作品を安定的に生み出す枠を設けることだと考えました。
「+Ultra」という枠タイトルには、「一歩先の視聴体験をお届けする」「ひとつ先へ」という意味が込められています。
さらに「3つのHigh」をコンセプトに掲げていて、それは「ハイクオリティ」「ハイエンド」「ハイターゲット」。つまり、映像としての質が高く、メッセージとしても先進的な作品を、ハイターゲットのお客様にお届けする、ということです。
――まず日本のアニメファンに見てもらうことが「+Ultra」の大きな命題なんですね。
森
海外に向けた作品を、と言っても、まずは日本のお客様にきちんと見ていただかないことには仕方がありません。
私たちはノイタミナでの経験を通じて、日本のアニメファンはクオリティの高い作品を見分ける目を持っていると実感しています。それだけ日本のファンの見る目を信頼しているわけです。
そういったコンセプトのあらわれで、「+Ultra」のムービングロゴはマンガ家の大友克洋さんに描いてもらいました。
――確かに、海外で高く評価された「ハイクオリティ」「ハイエンド」「ハイターゲット」な作品といえば、大友克洋さんの『AKIRA』が思い浮かびますね。
森
『AKIRA』も最初から海外でのヒットを狙ったわけではなく、質の高い作品を作った結果、海外にも受け入れられたのだと思います。
そういった作品作りをする新たな枠が「+Ultra」なのだと大友さんに説明し、ご快諾をいただきました。
■「+Ultra」と「ノイタミナ」は両輪
――一方、「ノイタミナ」は今後どうなっていくのでしょう?
森
ノイタミナは日本のマーケットをしっかり狙っていく、という風にコンセプトを分けているので、「+Ultra」と共に並び立つものと考えています。
実は同じチームが両方を手がけていて、作品の方向性に合わせて、この作品は「ノイタミナ」だね、こっちは「+Ultra」だね、という風に分けています。
「ノイタミナ」枠を二段積みにするという選択もあったと思います。
しかし「+Ultra」という枠を設け、曜日とブランドを分けることで、より色の違ったアニメを楽しんでいただきたい、というのが我々の考えです。ですので、2つは両輪だと考えています。
――先ほどアニメクリエイターのお話がありましたが、クオリティを高くすればそれだけ制作費も上がってくると思いますが、その辺りは実際どうなっているんでしょうか。
森
たしかに「+Ultra」の作品はこれまで私たちが作ってきたTVアニメ作品よりもハイバジェットになっています。
というのも、昨今アニメ業界の労働環境や制作費について様々な面から論じられるようになり、成果に見合った適正なフィーを支払おう、という風に業界全体が少しずつ変わってきているんです。
いくら3つのHighだと言っても「クオリティは高く、だけど制作費は据え置き」ではまかり通りません。
きちんと現場スタッフと作品が目指すクオリティについてコンセンサスを共有し、そのためにはどのぐらいの予算が必要なのかを逆算して提示してもらう。それがあったうえでやっと「このクオリティを一緒に目指そう」となるわけですから、結果的にバジェットは大きくなります。
――アニメファンにとっても、好きな作品を作ってくれたクリエイターにはきちんと還元されてほしいでしょうから、ファンにとってもいい流れになってきているんですね。
森
そうですね。パッケージメーカーさんが主導でアニメ製作をする場合、ある程度の作品数をつくることができて、それを各TV局の放送枠を買って放送する形です。
一方、私たちのようにTV局側がアニメを作る場合は、当然自社の番組枠の中で放送することが前提です。フジテレビでは「ノイタミナ」と「+Uitra」で毎週2枠、年間8クール分しか企画を持てないわけです。その中で勝負できるアニメをつくっていく必要があります。
そうなると、コストを抑えて数を多く作るより、予算がかかってもいいからひとつひとつクオリティの高い作品を作り「この枠では毎回ハイクオリティのアニメが見られる」という信頼感を勝ち取る。
まずは作品やキャラクターを好きになってもらい、そこからグッズやイベントなどで応援して頂いたほうが、結果的に私たちのビジネスが成り立つ、と考えています。
――昨今、莫大な数のアニメが作られていて、作る側も見る側にも疲弊している人が出ているような気がします。本数を絞ってひとつひとつの作品に注力する「+Ultra」の方針は、そういった状況へのアンサーにも思えます。
森
はい。作品を濫造するより、ひと作品のクオリティを高めていくほうが、結果的に海外にも届くようなアニメになるのではと考えています。
これが新しいスキーム……というのは言い過ぎかもしれませんが、アニメ業界の新しい流れになってくれると嬉しいな、という思いはありますね。