アニメーションを手がけるのは2010年にアニメ化された『四畳半神話大系』を手がけた湯浅政明監督、そして湯浅監督が率いるサイエンスSARU。脚本に上田誠(ヨーロッパ企画)、キャラクター原案に中村佑介、音楽に大島ミチルと『四畳半神話大系』のスタッフが再集結。湯浅ファンにも森見ファンにもたまらない映画であることは間違いない。
『夜は短し歩けよ乙女』に続けてオリジナル劇場アニメーション『夜明け告げるルーのうた』の公開も控えている湯浅監督に、森見作品を読んで感じたこと、制作の際に考えたことなど、映画をいっそう楽しめる話をきいてきた。
[取材・構成:川俣綾加]
『夜は短し歩けよ乙女』
2017年4月7日公開
http://kurokaminootome.com/
■「私」も「先輩」も最後の一歩が踏み出せない男子学生
──『夜は短し歩けよ乙女』(以下『夜は短し』)は「この小説の表紙をジャケ買いして森見登美彦さんの名前を知った」というファンも多い出世作です。10年以上経っての映像化ということで、なぜこのタイミングなのでしょうか。
湯浅政明監督(以下、湯浅)
色々な人が原作に魅力を感じて映像化にトライしてきたと思うんですけど、たぶんすごく難航したのだと思います。ノイタミナで『四畳半神話大系』(以下『四畳半』)が上手くいって、僕のところにもお話がきたんですが、立ち消えになったりもしていて。そのあと再びお話をいただいた時には、「今回も難しいかも」と感じつつも、映画にするならこんな作品がいいんじゃないかと前回準備していたものがあったのでわりとサクサク進みました。
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──劇場アニメーション化の話がスムーズに進んだのは、『四畳半』のヒットも大きかった?
湯浅
そうですね。今回のスタッフも『四畳半』の時と同じ人がほとんどなので「あの人はこういうのが好きだな」とか「きっとこれはOKしてくれるはず」とか、お互い把握していることも多く持ち場がわかっている感じで。うまくいく時って、なんだかんだうまくいくんですよ。何をしてもいい方にしか転がっていかない。
──星野源さんに熱烈な出演オファーのお手紙を送ったエピソードがとても印象的です。なぜ星野さんだったのでしょうか。
湯浅
キャスティング会議をした時に、星野さんの名前が出るとぴったりだとみんなすごく盛り上がって。「まず星野さんが決まらないと進まないよね」ってくらい。でも忙しいみたいだし、どうしようかと考えた時に素直に現場がこれだけ盛り上がっていて、星野さんがやったら絶対に面白くなると皆の気持ちを伝える手紙を送りました。
──功を奏してのご出演ですね。もともととても人気の方ですが、ドラマのヒットも相まってさらに人気が高まりましたよね。
湯浅
オファーはドラマの前でしたが、それもこの作品がツイているところですね。うまくいってる感じがします!
──花澤香菜さん、神谷浩史さん、加えてロバート秋山さんなど豪華かつ非常に個性的なキャスト陣も大きな反響を呼びました。
湯浅
花澤さんも決めうちで依頼を出しました。やわらかくて芯が通っている声が黒髪の乙女っぽいなと。ロバート秋山さんは大好きな芸人さんで、声もいいし歌もうまくて何でもできる方ですよね。油断していると笑わせられてしまうすごいパワーの持ち主。男前な部分は神谷さんに引っ張ってもらおうと思っていました。
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──森見さんの小説って、キャラクターは個性的ながらもキャラクター像の解釈に人それぞれの違いがあって面白いと思います。
湯浅
あ~(笑)、樋口師匠とかね。色々言われました(笑)。
──そう、樋口師匠もですね、すごく面白いキャラクターデザインだなと(笑)。
湯浅
『四畳半』のアニメ化をスタートした時、その時には『夜は短し』の中村さんのイラストもあったので、ああいうポップなのをやりたいと思ったんですけど、小津や樋口師匠は僕の中にもイメージがあったので、それでお願いしました。「私」とか他は中村さん任せだったんですけどね。樋口師匠のイメージは、僕の大学にいた「モテる人」として有名だった年上の男性です。モテるモテるって聞いてたけれどいざ見てみるとそんなに男前じゃなかったんですよ(笑)。飄々としていつもニンマリしていて、ほんわかした人で、よくギターなんか弾いてて。「なんで彼がモテるんだろう?」と不思議になるタイプだったけれど、美男子よりはそういうタイプが意外とモテるんじゃないかと思ったんです。
──樋口師匠は今作でも登場していますね。
湯浅
僕は『四畳半』も『夜は短し』も主人公のカップルだけがちがうパラレルワールドの世界だと思っているので、小津と羽貫さん、樋口師匠はそのままもってきました。小津っていうか古本市の神様ですね。古本市の神様はきっとみんな美少年で想像してたんじゃないかな。
──ああ、そういう声は聞きますね。舞台版では女性が演じてかわいらしい感じで。でも周囲を引っ掻き回す存在っていう意味では共通するものがあります。
湯浅
古本市の神様は小津がちっちゃくなった姿、っていうのが僕のイメージだったので。小津役の吉野裕行さんが大好きで、ぜひやって欲しかったのもあります。
──黒髪の乙女と先輩は、ビジュアルについては中村佑介さんのイラストビジュアルもあるので、みな似たものを想像しているかもしれません。一方でキャラクター的には、映像を見ると湯浅監督から見た黒髪の乙女、先輩が出ているとも感じました。黒髪の乙女って、ちょっと変な動きをしていますよね、自販機の前でひとりで汽車の動きをしたりと、小ネタっぽい動きをしているところに意外性があります。
湯浅
黒髪の乙女は僕の読みが強く入っているかもしれない。ロボット歩行をやるくだりが原作にあるので、ちょうど原作が出た頃に話題になっていた初期ASIMOの歩き方を。今変な動きをやらせるなら『ラ・タ・タ・タム』つながりで汽車っぽい動きをさせてもいいなと。でも、基本的には原作の通りですよ。
──もうひとつびっくりさせられるのが、詭弁踊りです。あの動きには驚かされました。あまりにヘンテコだったので(笑)。
湯浅
詭弁踊りは原作の文章からするにきっとああいう方向なのかなと思いました(笑)。原作を読み直すと意外とそう書いてない気もするんですけど(笑)、お尻の動きが見えていて、やっぱり変な踊りなんだろうなとの僕のイメージです。あの格好をすると実際はみんな前に倒れてしまう。でもそれくらいの動きにしないとアニメーションじゃ面白くないかなと思ったので、めいっぱい変な踊りにしました。
──湯浅監督から見た先輩はどんな青年ですか?
湯浅
パラレルワールドだから『四畳半』の「私」と似た立ち位置なんですけど、それほどエキセントリックな人間でもないんですよね。もしかしたら作っているうちにだいぶエキセントリックになっているかもしれないけれど。「私」より全然前向きに努力をしている人で、でも最後の一歩を踏み出せないというのは同じ。『四畳半』で「私」が踏み出せない理由はハッキリとはわからないかったんですけど、『夜は短し』をやってようやくわかりました。
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──「最後の一歩を踏み出せない理由」をどう捉えましたか。
湯浅
学業がうまくいってないくて、秀でた才能も感じないから、とにかく自分に自信がない。自信がないと言っても高次元だと自覚しているから、高いプライドも捨てきれない。バカにした扱いもできないっていう意味では難しいキャラクターですね。何度それを注意しても「できない」「そうじゃない」と返ってきそうで、実際にこんな友人がいたら面倒かもしれない(笑)。でも頑張ったゆえ、最後に黒髪の乙女に認められて報われるのは、読んでいてなんだかあたたまります。
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