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映画「聲の形」牛尾憲輔インタビュー 山田尚子監督とのセッションが形づくる音楽

2016年9月17日より全国で劇場公開される京都アニメーション制作/山田尚子監督の最新作、映画『聲の形』。公開に先立ち、牛尾憲輔に楽曲制作におけるコンセプトを語ってもらった。

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■コンセプトの形

――コンセプトの重要性が繰り返し語られてきましたが、そこに関してもう少し踏みこんでうかがわせてください。

牛尾
今作のコンセプトワークは、山田監督と2人で画集や写真集など、さまざまなイメージを持ち寄りながら行いました。例えば画家であればジョルジョ・モランディやヴィルヘルム・ハンマースホイなどといった具体的な固有名から、音楽に活かせる有効なコンセプトを抽出していったんです。

――それらは直接劇伴へと反映されているのでしょうか。

牛尾
はい。曲作りでは、モランディの描く静物画の影、あるいはハンマースホイの光の描き方など様々なことを、音へとコンバートしています。そこにある影のにじみやレンズのぼけといった物理現象を、音という別の物理現象へと置き換えていくということですね。たとえば、レンズの端はビネット効果というコサイン4乗則にもとづいて光量が落ちていきますが(周辺減光)、その構造は音楽に当てはめるとどのようになるのか、ということを突き詰めていくわけです。こうしたアプローチはすべて初期のコンセプトワークの段階で積み上げ、山田監督と共有していきました。

――これまでも、マルセル・デュシャンやジョセフ・コスースといった芸術家を引きながら自作の音楽を語られてきた牛尾さんらしいアプローチだと思いますが、それに対して山田監督の反応はいかがでしたか。

牛尾
コンセプトワークや観念的な思考の重要性を驚くほどよく理解してくださいました。僕はこれまでさまざまなアーティストと一緒に仕事してきましたが、ここまで通じ合えた方はいないというくらいにです。山田監督は一見、女性的な感覚を持った天才肌に見えますよね。僕も前作の『たまこラブストーリー』を観たときは、作中の青春のもやもやを抱えたキャラクターたちの、自分でも制御できない感情からくる手や足の動き、表情や行動をいとも簡単に、感覚的に表現してしまっていてすごいなと思っていました。でも今回一緒に制作することを通じて、山田監督の映像表現というのは実は、性差や天才性ではなく、あるコンセプトにもとづいてひたすら考え抜いたり置き換えたりしていく作業の積み重ねから生まれていたということに気づかされました。


■ 僕にはこれ以上の『聲の形』は作れません

――映画『聲の形』のヒロインである硝子は聴覚障害者ですが、音楽的に扱うのがむずかしい要素ではないかと思いました。これに関してはどのようなコンセプトで臨まれたのでしょうか。

牛尾
はじめに聴覚障害についてのリサーチを行ったのですが、症状の度合いは人によってかなりバラつきがあることがわかったため、それ自体をコンセプトとしては扱いませんでした。その代わりに、作中でも重要な役割を果たす補聴器に注目しています。というのも、補聴器は耳につけるアンプなので、原理的にノイズが乗るはずなんですね。そこからノイズをどこまで拾うのか、ノイズと楽音の差は何か、意味のある音とはなんなのかということを考えていった結果、アップライトピアノというモチーフにたどりつきました。実家が音楽教室だったこともあり、僕が最もノイズをコントロールできる楽器がアップライトピアノだったからです。そこでは、鍵盤に爪が当たる音、押された鍵盤によって木製のハンマーが動く音、消音ペダルを踏んだときのフェルトが擦れる音、弦が鳴ったときの共鳴板がきしむ音などさまざまなノイズが鳴ります。なので、それらをすべて録り切るというコンセプトを立て、そのためにピアノを解体し、なかにマイクを設置することで、楽音ではなく雑音を含んだ総体を録るつもりで録音を進めました。

――ものすごくコンセプチュアル。

牛尾
またこのことは、映画『聲の形』という作品自体にもつながるものだと気づきました。というのも、主人公の将也は、自分を取り囲むあたたかで美しい世界から目を背け耳を塞いでしまっている人物です。そんな将也を取り巻く世界を描き出すのに、映画館のなかを取り囲む、そうした雑音を含んだピアノのサラウンドが必要だったんです。

――ほかにも具体例をお聞かせいただけるでしょうか。

牛尾
バッハの「インベンション」という練習曲を使ってるのも、この作品自体が、将也が外の世界に触れていくための練習としての側面を持っているためです。「インベンション」は練習曲であると同時に、クラヴィーア曲という、鍵盤楽器の美しさを奏者に理解させるために作られた曲なんですね。その練習を通じて、美しさを体に染みこませ、自分で作曲ができるようにするための練習曲集なんです。なのでその第一番ハ長調と、将也が2時間かけて生きるための練習をすることを重ね合わせる構成を作りました。
つまりこの映画は、「インベンション」を2時間かけて演奏しているようなものなんです。実際、「インベンション」は三つのパートに分かれていますが、映画自体を三つの構造に分けそれぞれを当てはめています。「インベンション」をもとにした「inv」という曲は、第1パートでは「インベンション」の1小節目から6小節目の終わりまでで使われている音列、第2パートでは7小節目から14小節目で使われている音列しか使っていません。そしてクライマックスのシーンで、はじめてそれとわかるかたちで「インベンション」が流れる。そうして将也が自分の力で生きていくための練習が終わるわけです。この最後でオリジナルの「インベンション」を鳴らすのは、山田監督のアイディアですね。

――今回映画『聲の形』で恐ろしく密な共同制作を経験されたうえで、また山田監督と組みたいと思われますか?

牛尾
ぜひやりたいです。今回の山田監督との仕事を通じて、自分にとっての新しい課題が見えてきましたし、僕も山田監督も次はもっと別のかたちでやれることがあると感じはじめてもいます。この後も、お互いの新しい扉をどんどん開けていけるんじゃないかと楽しみにしています。

――最後に読者へメッセージをお願いします。

牛尾
今日は少し堅苦しく語ってしまいましたが、映画『聲の形』がすごいのは、コンセプチュアルに作られていると同時に、それがきちんとエンターテインメントと結びついているところだと思います。ですからアニメファンは当然として、そうでない方が観ても楽しめると思いますし、またOSTを聴いたりこのインタビューを読んだうえでもう一度観てもらえると、さらにおもしろくなると思います。少なくとも、僕にはこれ以上の映画『聲の形』は作れません。楽しんでいただけたらうれしいです。

《高瀬司》
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