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「アドルフに告ぐ」手塚治虫の伝えたかったことを提示、シンプル故に深淵なテーマが光る

高浩美の アニメ×ステージ&ミュージカル談義 ■ 「遠くの国での出来事も他人事ではなく、我々が抱えねばならない大事な問題です」(栗山民也)

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上下に、あるいはスライドする舞台機構、照明で場面を表現。余分なものを削ぎ落し、シンプルであるが、物語の背景は雄弁に語られる。どの登場人物も愚かなまでに自分の信じる道を突き進む。どのキャストもキャラクターとテーマをよく理解し、作品世界を構築する。
原作にはないキャラクター、1人のユダヤ人少女が出てくる。マリアと名乗り、登場人物達とは別次元の存在で、冒頭から登場する。場面を雄弁にするためのアクセントになったり、あるいはアドルフ・カウフマンをあざ笑うかのような雰囲気を漂わせたりする。

音楽劇のような場面もあり、長いストーリーでも飽きさせない。成河演じるアドルフ・カウフマン、無邪気な少年がナチズムに染まり、やがて己の信じる道に突き進む様は、もはや凄みさえ感じさせる。対するアドルフ・カミル演じるは松下 洸平は気のいい関西弁の好青年が最後には全身憎しみに満ちあふれ、友人と対決、なかなかな芸達者。
この作品で手塚治虫が描こうとしていたこと、白人と日本人、ドイツ人とユダヤ人と日本人、民族主義、国籍、そして正義と狂気。アドルフ・カウフマンが母親が日本国籍になったことに対して怒る場面がある。原作にもあるが、ここは象徴的だ。

『火の鳥』や『ブッダ』等を手掛けた演出の栗山民也、原作を知らない観客にもわかりやすく、”手塚治虫の伝えたかったこと”を咀嚼して提示。大掛かりな舞台装置は使用せず、ところどころに歌を挿入することによってテーマをクローズアップ。こういった手腕は流石、ベテラン。
舞台美術は松井るみ。戦後70年が経過し、戦争を記憶している人も少なくなっている。原作者の手塚治虫は昭和3年生まれ。戦争時代を生き抜き、戦後、数々の作品を世に送り出した。『アドルフに告ぐ』もそうだが、作者の原体験を作品から感じ取ることが出来る。多面的で普遍的、7月には『アドルフに告ぐ』が別の制作会社で上演される。1つの作品が続けて異なる演出で上演されることは珍しいが、それだけ作品に力がある、ということだろう。KATT版『アドルフに告ぐ』、繰り返し上演して欲しい。

舞台『アドルフに告ぐ』
http://www.adolfnitsugu.com
KAAT神奈川芸術劇場<ホール>
2015年6月3日~6月14日
[宮崎公演]
メディキット県民文化センター(宮崎県立芸術劇場) 演劇ホール
2015年6月24日
[京都公演]
京都芸術劇場 春秋座 (京都造形芸術大学内)
2015年6月27日~6月28日
[愛知公演]
刈谷市総合文化センター大ホール
2015年7月3日~7月4日
出演: 成河/松下洸平/高橋洋/朝海ひかる/前田亜季/大貫勇輔/谷田歩/ 市川しんぺー/斉藤直樹/田中茂弘/安藤一夫/小此木まり/吉川亜紀子/岡野真那美/林田航平/今井聡/北澤小枝子/梶原航/西井裕美/薄平広樹/彩吹真央/石井愃一/鶴見辰吾
演出: 栗山民也
脚本: 木内宏昌
音楽: 久米大作
《高浩美》
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