―ニッカー絵具を訪ねて(4)
■ 数井浩子(アニメーター・演出)
現在、アニメの背景はデジタル・データで納品される。絵の具で描かれた背景美術も、今はスキャンしたものをモニター上でチェックする。
「でも、最近は美術も2つに分かれているんですよ」
知り合いの美術監督が言うには、最近のテレビシリーズでは「主な背景パーツを描く人」と「パーツを組み立てる人」の2種類に分かれるという。
殺人的なスケジュールをこなすべく仕事を効率化した結果、兼用できるパーツはコピー&ペーストし、「同じ色」の美術はいくらでも再生産できる。便利な世の中だ。
■ 「絵の具で描いたときの触感も気にします」―「絵の具をつくる」だけで終わらない
そう考えると、今後は、絵の具はいらなくなると考える人もいるかも知れない。しかし、ゼロになることはない。
「絵の具を通して、モノをつくるという楽しさ、表現する喜びを体験して欲しい」
ニッカー絵具が考える「絵の具」とは、「モノをつくる楽しさ」「モノが出来上がる喜び」へのガイドである。一心不乱に何かに取り組んでいるときに時間を忘れる瞬間があるが、このような状態を心理学では「フロー体験」という。
アニメをつくっているスタッフの多くは、この「フロー体験」ともいえる、「モノをつくる楽しさ」のプロセスが忘れられなくて、業界に入ってくるのだ。と思う。
テレビアニメ制作は、コストパフォーマンスを若干優先しすぎたため、現在、人材を育てる十二分な人材と余裕を失いつつあるが、それでも「モノをつくる楽しさ」を身体に取り戻すことは出来る。そのための「絵の具」はひとつのツールになるかも知れない。
残念ながら2011年に引退なさったが、美術監督の小林七郎さんはインタビューで次のように語っている。
「デジタルと違って、筆で絵を描くのは触覚が違うのだ」
触感ではなく「触覚」である。妻倉社長にこの話をすると、「いいことを言いますねえ」とにっこりと笑った。ニッカー絵具は出荷したあとも、絵を描く人が絵筆にのせて色を置く「最後の瞬間」まで気にしているのだ。
アーティストに「最近、絵の具が紙に引っかかる」と言われれば、社長自ら製紙メーカーまで行くこともある。使う人の感覚にまで気を配るという。ちょっと驚いた。
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