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■ 「絵の具は生きものです」―「色味」を見極める目を鍛える
吉祥寺ダイヤ街に「小ざさ」という小さなお店がある。一日150本限定の羊羹が有名だ。早朝通りかかると、店の前に羊羹を予約する人で列が出来ているという創業62年の老舗である。
この店で50年以上、羊羹を練り続けてきた社長、稲垣篤子さんは「小豆は生き物だ」という。『一坪の奇跡』(ダイヤモンド社)のなかで、
「小豆は生き物ですから、羊羹も生き物です。毎日毎日、気温や湿度が違い、炭の状態も違いますから、すべての条件がそろうことは滅多にありません」
と書いている。これは絵の具も同じで、顔料が同じでも、微妙に色味が違うことがある。特に、土から採れる顔料は雨季か乾季かによってもその色味がかなり異なる。まさに生きものである。
「赤尾技術顧問は、パッとみただけで『黄色を入れよう』とかすぐに分かるんですよ」
と、製造部の駒沢数明さんは言う。絵の具の原材料については「レシピ」という配合表があるが、絶対的なマニュアルではない。ロールを回しては人の目で何度も確認する。最後は勘と経験が頼りだ。
紙に水張りをしてササッと塗る。濃い部分と、水に滲む部分をチェックする。滲んだ部分のことを「足」とよぶが、ポスターカラーや水彩では、この「足」が一番重要になる。ここにわずかでも不自然な青味や赤味が混ざってしまった場合には、調整が必要だ。
調整するためにマンセル値という数値を参考にすることもあるが、何をどれくらい足せば思った通りの色に仕上がるのかは、経験のある人の勘が一番だという。ちなみに、技術顧問の赤尾さんは、外で看板などで面白い色があると「あれは、うちの色で再現するとしたら、アレとアレを合わせると出せるかなあ」と考えてしまうらしい。職業病といえば、職業病である。