そして少年と少女は、嘘を紡ぐ― 「東京レイヴンズ」レビュー | アニメ!アニメ!

そして少年と少女は、嘘を紡ぐ― 「東京レイヴンズ」レビュー

10月からテレビ放送を開始した『東京レイヴンズ』。人気のライトノベルを原作とした話題作だ。本作の奥に潜む物語を野口智弘さんがレビューする。

レビュー アニメ
文: 野口智弘

そして少年と少女は、嘘を紡ぐ――

『東京レイヴンズ』第1話。黒バックに文字が浮かぶ。「呪術の真髄が何だかご存じだろうか?」「答えは、『嘘』です」。初回は何気なく目にした一文だったが、二度目には思わず目が釘付けになった。少なくとも現在放送されている『東京レイヴンズ』の冒頭数話は、まさしく嘘を巡る物語だったからだ。そしてその予感は、おそらく今後のエピソードでも同様に貫かれるものだと思う。

注意すべきなのは、主人公の春虎をはじめとした彼らの嘘が相手を傷つけるための単純な欺きではなかったことだ。その場しのぎのごまかしだったり、ささいな言葉の綾だったり、自分の気持ちに正直になれないがゆえの態度だったり、形は様々だが、結果として春虎や北斗たちは自らの嘘の代償に直面させられる。
人を呪わば穴二つ。同様に陰陽師、すなわち嘘の英才教育を極端な形で施され、早熟の天才児として災厄を招く少女、鈴鹿が虚飾の代名詞たるアイドルの姿で劇中に登場するのは、いかにも象徴的だ。

では春虎たちはそもそも嘘をつくべきではなかったのか? 悲劇を避けるためにも、人は一生嘘を拒否して生きるべきなのか? 
おそらくそうではないだろう。自覚のあるなしに関わらず、我々はすでに嘘や言霊、呪術によって成り立つ世界に日常的に生きている。例えば自らの真の名と姿を隠し、相手に念を飛ばして、危機が迫れば存在ごと消滅して主を守る。この仕組みを式神と呼ぶこともできれば、ツイッターと呼ぶこともできる。両者にどれほどの差があるだろうか。

abesan 同様にフィクションも嘘の一種だとすれば、紙に描いた絵に命を宿らせるアニメとは、まさしく嘘そのものだ。冒頭の一文を「アニメの真髄をご存じだろうか?」「答えは『嘘』です」と言い換えてもまったく問題はない。より現実に寄り添う形で考えるなら、春虎が嘘をついた痛みとともに学ぶべきは、嘘の遠ざけ方ではなく、自らの嘘との向き合い方だろう。大人になることは、嘘のつき方を覚えてゆくことなのかもしれない。

夏目の求めに応じ、第3話で上京した春虎は、第4話から本格的に陰陽塾に通い、嘘の理(ことわり)を仲間たちと学ぶことになる。その姿はまるでクリエイター養成の専門学校に通うべく上京したハイティーンのようだ。
成り行きからとは言え、嘘の力を司る陰陽師としての生の淵に立った春虎、陰陽師の家に生まれ、その仕組みに縛られてきたからこそ真実を探しているように見える夏目。ふたりが自身の嘘の責任をどう引き受けていくのか、あるいは周囲の人間のためにこれからどんな嘘をつくのか。少年と少女が紡ぐ呪術に、しばらく翻弄されてみたい。

テレビアニメ『東京レイヴンズ』
/http://www.tokyo-ravens.com/

■ 野口智弘 (のぐち・ともひろ)
1978年生、三重県出身。ADを経た後、ライターとして「アニメ!アニメ!」「マイナビニュース」「カードゲーマー」など、アニメやゲーム関連の媒体を中心に執筆。北欧や中東など海外のオタク事情についても取材を重ねる。Twitterは「@ngctmhr」にて。
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