クランチロールは海外アニメビジネスを変えるか(3)有料配信の成果に注目 | アニメ!アニメ!

クランチロールは海外アニメビジネスを変えるか(3)有料配信の成果に注目

2009年スタートの国内海外同時配信は、コピー時代のアニメビジネスの救世主?

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2009年スタートの国内海外同時配信は、コピー時代のアニメビジネスの救世主?

■ ビジネスの矛盾が消えた後に何を目指すか

 しかし、クランチロールの違法動画投稿停止の決定で、同社のビジネスが抱える多くの矛盾は解消される。過去1年で失ったものは多いが、これまでのビジネス関係者の心配は解消されるだろう。
 勿論、倫理的な問題は残る。明らかにクランチロールは意図的に著作権未許諾のアニメのサイトへのアップロードを煽ることで成長してきており、これまでのビジネスの成功もそれなしにありえない。
 こうした経緯に、違和感を持つ人は多いだろう。過去の権利侵害の責任を問うことも不可能ではない。しかし、日本の権利者の立場からは、これはあまり大きな問題でない。それによって失われた利益が戻ってくるわけでもない。過去より将来の利益が、ビジネス的には正しい選択に違いない。ビジネスライクに考えればクランチロールと手を組むという方法は、決して悪くない。

 もしクランチロールの過去を問うならば、YouTubeやニコニコ動画の過去はどうかという問題もある。クランチロールの違法コンテンツ容認が、より積極的なものであったとしても、違法投稿動画による初期のビジネス拡大は、多かれ少なかれ投稿型の動画配信サイトのビジネスに共通する特徴だ。
 つまり、クランチロールが、しばしば持ち出すレトリック、「我々とYouTube、ニコニコ動画とどこが違うのか」は、現在まさにその通りとなっている。YouTubeやニコニコ動画とクランチロールを区別する理由はなくなっている。

 では、未来志向で新しいビジネスに協力するWin-Winの関係が新たに築け、全ての人がハッピーになるのだろうか。実はクランチロールとの利害対立が一番大きいのは、YouTubeやHulu、Joostと言った動画配信サイト、あるいはAnime News NetworkやMania.comといった情報、コミュニティサイトではない。現在、北米でアニメを放送し、映像パッケージを発売し、ネット配信をする海外の流通会社である。
 実際にクランチロールのガオ社長に、この質問をぶつけてみたところ、クランチロールは配信するだけ、多くの人が作品を見ればパッケージ商品の売上も伸びるし、業界全体の活況にも貢献すると答えた。この発言に、偽りはないだろう。それは十分可能性のあることだ。

 一方で、ライバルとして想定する企業としてガオ社長は真っ先にカートゥーンネットワークを挙げ、続いてDistributors(流通会社)と答えている。つまり、彼らが目指すのは、現在、米国のアニメ業界で放送、DVDが担っている役割の代替である。
 実際に、今後日本政府も含めた、国外への違法配信問題取り組みが活発化するとしても、コピーの容易性、ネットの匿名性、ボーダレス性を考えれば、これらを完全に撲滅することは不可能である。海外の流通会社は、今後のビジネス方向性をパッケージビジネスからオンラインビジネスにフォーカスしつつある。北米の業界最大手のファニメーションは、2007年のアニメエキスポで行われたビジネスパネルで、日本からのアニメの獲得は原則インターネット送信権込みでなければ行わないと発言している。
 また、VIZメディアも、Blu-Ray Discはオンライン時代のつなぎと考えており、映像販売のビジネスの将来はオンラインに定めているようだ。(*2)
 さらにインターネット配信はDVD購買需要を必ずしも喚起していないとの指摘もある。既存の流通企業が、オンライン配信が未来の収益源とそのビジネスに乗り出そうとするなか、両者の利害対立は明らかである。

 日本アニメからは撤退モードとされているカートゥーンネットワークにしても、視聴率が伸び悩むなか、NARUTOやPOKEMON、ドラゴンボールなどの有力コンテンツを輩出する日本アニメは捨て難い。
 しかし、これまで米国で影響力があり、他社製作のアニメを放映する数少ない放送局として、優位にビジネスを進めてきた。しかし、より機動力があり視聴者が多く、合法的なインターネット配信サービスの登場は、これまでのビジネスのパワーバランスを変える。同社はクランチロールの存在が好ましいとは考えないだろう。

■ 有料配信の成果に注目

 クランチロールと既存企業との利害対立が残るとしても、同社が今後日本のコンテンツを海外のファンに伝える手段としてより成長して行く可能性は高い。
 クランチロールは日本企業が欲している国内外同時リリースという手段を現時点で保有している数少ない企業である。またクランチロールとのビジネスには、日本企業に新たな資金負担はほとんど発生しないと見られる。仮にビジネスが当初の想定よりうまく行かなくても、日本側に失うものはほとんどない。リスクと資金負担がないことは、国内の中小規模のアニメ流通企業にとってクランチロールは魅力的に映るに違いない。

 問題があるとすれば、クランチロール自身が負ったリスクである。彼らがベンチャーキャピタルのベンロックや日本のGDH、また初期のエンジェルと呼ばれる個人投資家たちから調達した資金は、10億円規模とみられる。キャッシュは潤沢である。
 それでも同社は膨大な動画を処理するサーバーを持ち、創業当初に較べて日本とサンフランシスコのスタッフの数も増えている。現在のビジネス運営は黒字化してないと見られるから、今後の収益化は不可欠だ。

 この黒字化についてもガオ氏は自信をみせる。ネットの広告モデルはそれほどいいビジネスでないのでないかとの質問には、動画配信を会員制にすることで得られる個別の作品の視聴者の属性に対する膨大なデータの存在を挙げた。顧客属性と広告主との最適化が可能というわけである。さらにサイトでの商品販売も視野に入れている。
 それでもニッチ市場で必ずしも景気がよくないとされる北米のアニメ市場、そして広告の最大の出稿者と期待される流通会社との利害対立から、今後の広告ビジネスが必ずしも順調に行くかと限らない。

 となると現在一番魅力的なビジネスは、安定的に収入となる有料会員によるビジネスだ。それだけに2009年1月8日に始める有料会員制度の行方が重要になる。現在、クランチロールは1ヶ月6.95ドル(事前割引価格)の価格設定を行っている。
 『NARUTO』という強力コンテンツの日本での放映との同時配信が含まれるだけに、価格さえ間違えなければ会員確保は出来るだろう。問題は価格設定とそれによって得られる会員数のバランスだ。それがクランチロールの運営コストと、作品ライセンスの獲得費用を上回ることが出来るのか。もしこのハードルを越えられれば、2009年のアニメビジネスが大きく変わる可能性は高い。
(2009/1/4)

/■ テレビ東京とクランチロール提携の衝撃/■ ビジネスの鍵は『NARUTO』
/■ クランチロールの何が問題だったのか/■ アニメファンに送る誤ったメセージ

*日本映像ソフト協会報NO.131のVIZメディアの訪問レポート参照
《animeanime》
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