“2.5次元”ブームの立役者! 声優×舞台「サクラ大戦」はどう生まれた? 横山智佐が明かす【インタビュー】 | アニメ!アニメ!

“2.5次元”ブームの立役者! 声優×舞台「サクラ大戦」はどう生まれた? 横山智佐が明かす【インタビュー】

『サクラ大戦』シリーズのヒロイン・真宮寺さくらの声を演じ、2.5次元カルチャーの源流とも言えるプロジェクト「サクラ大戦歌謡ショウ」でも見事な活躍を見せた声優の横山智佐にインタビュー。

インタビュー
横山智佐
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  • 真宮寺さくら(C)1999 SEGA/BANDAI VISUAL/MARINE ENTERTAINMENT
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『刀剣乱舞』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などのタイトルを筆頭に、大きな盛り上がりを見せている、舞台を中心とした2.5次元カルチャー
その歴史には『テニスの王子様』『弱虫ペダル』など、いくつかのエポックメイキングなタイトルが存在している。

人気ゲーム『サクラ大戦』から派生した「サクラ大戦歌謡ショウ」も、そのひとつだ。
ゲームでキャラクターの声を演じた声優本人が、キャラクターと同じ衣装に身を包み、生身の芝居とともに見事な歌とダンスを披露する。
1997年にスタートし、長年に渡り大勢のファンを魅了した「歌謡ショウ」は、現在まで繋がる2.5次元ムーブメントの、源流のひとつと語られることも多い。

『サクラ大戦』シリーズのヒロイン、真宮寺さくらの声を演じ、「歌謡ショウ」でも見事な活躍を見せた声優の横山智佐

声の仕事から役者としてのキャリアをスタートし、舞台へと活躍の場を広げ、現在も声優・舞台女優として活躍し続ける彼女の歩みを辿ることは、声優はもちろんのこと、2.5次元のさまざまなステージでの活躍を目指す若者たちにとっても、学びが大きいはずだ。
[取材・文=前田久/撮影=小原聡太]

■“元祖2.5声優”が声の道を志したきっかけ


横山智佐横山智佐
横山は、『鉄腕アトム』御茶ノ水博士役などで知られる名優・勝田久が、東京・高田馬場で開講していた勝田声優教室(のち勝田声優学院に改名。2015年に閉校)で学び、1987年、士郎正宗原作のOVA『ブラックマジック M-66』ナラ・フェリス役で、弱冠17歳にして声優デビューを飾る。
声優を目指したきっかけは、あの有名キャラクターへの憧れだったという。

「映画の『ルパン三世 カリオストロの城』をTVで偶然見たんです。意識してチャンネルを合わせたわけではなく、たぶん、ナイター中継を見ていたらそのまま始まったんですよね。
で、ボーッと見ていたはずが、作品が終わる頃には、TVの前に正座をして、目がハート型になっていました。すっかり、ルパンに憧れるようになったんです。中学2年生くらいのときでした。

両親から『高校生になったら何でも好きなことに挑戦してもいいよ』と言われていたので、声優の勉強をしてみようと思いました。声優になれば、ルパンに会えるんじゃないか、と。
『作品に出演できる』という感覚ではなかったんです。ルパンが本当に、私をクラリスのように迎えに来てくれる……そんな、少し『イタい』感覚でした(笑)。

それ以前はアニメをあまり見たことがなく、特別に好きなわけでもない、むしろ運動ばかりしている、活発なアウトドア型の子供だったんです。少し遅れて、アニメの『病』にかかってしまいました(笑)」

■17歳でデビュー後、現場で身につけた声優の技術


子役などの経験もない状態から、まだ高校生の、17歳のうちにデビューを飾る。一見、順調なキャリアの滑り出しに思えるが、本人の胸の内は複雑だった。

「完成した『ブラックマジック M-66』を見たとき、ほかのみなさんはプロなのに、私の声だけ素人が混ざっていると感じて、愕然としたんです。
声が持っている音の圧も、演技の質も、全然違う。私はただ、キャラクターの絵が口を開くところに合わせて、書かれたセリフをしゃべっているだけ。
ほかのみなさんはプロとして、ご自分の演じるキャラクターをどう魅力的に見せるか、この作品をどうおもしろくするかを意識してらっしゃった。

これは、なんとしてでもオーディションに受かって、どんどん現場で勉強していかないと駄目だと思いました。養成所では滑舌や、役者としての心構えを始め、大切なことをたくさん教わりましたが、あくまでそれは基礎だったんです。
声優という仕事は、現場で学ぶことがなんて多いんだろうとそのとき感じたのを、今でも覚えています」

■「怖いものなんてない」と開き直るきっかけとなった海外留学


その後『NG騎士ラムネ&40』アララ・ミルク役などを始め、順調にレギュラーを射止め、声優としての足場を築いていたように見えた。
だが、本人が声優として自分の中にあるたしかなものを感じたのは、1994年、仕事を整理してオーストラリアに留学したときだったという。

「留学しようと決めたのは、単純に『海外の人と話してみたい』という気持ちだったり、大学に進学せず、高校生のときにデビューしてからずっとそのまま活動してきたので、もう少し学生として過ごしてみたいなんて気持ちだったり、ようするに、ちょっとそれまでと違うことをしてみたかったからなんです。

『声優業界に疑問を感じていた』とか、『自分の生き方に疑問があった』とか、そういう深刻な話ではありませんでした(笑)。
しかも結果的には、『天地無用!』シリーズの新作が予定よりも早まるかもしれないとか、ほかにもいろいろなお仕事の事情が重なって、15週程度と、かなり短期の留学になってしまったんです。

でもそのとき、一度仕事から離れて、一歩引いたところで自分を見つめてみたら、見えたものがあったんです。なんであんなに、スタジオの中で緊張して、縮こまっていたのかな……と。
憧れて進んだ道で、デビューのときに味わったような失敗を二度としたくない気持ちが強かったからなんですが、そんな状態で出している、緊張した、震えるような声を聞いて、見ているちびっ子たちは楽しいのかな? と。

そのことに気づいてから、一度死んでから蘇った人くらい、『怖いものなんてない』と気持ちが開き直ることができた。そこからです、仕事を楽しめるようになったのは」

■役者業以外は「道草」の感覚


横山智佐
そうした個人的な転機に、時代の変化も重なった。若手女性声優のアイドル的な人気の高まり……いわゆる「第三次声優ブーム」の中で、役者業に加え、コスプレをしてのイベント出演や、アニラジでのトーク仕事といった、現代の声優の在り方に通ずるような、マルチタレントとしてのメディア露出が増えることになった。
そうした状況を、横山はスターのひとりとして、軽やかに駆け抜けていた。

「デビュー当時は、とにかく早く、ちゃんと『声優の横山智佐』と認識されたかったんです。
さきほどお話したような実力の問題もありましたけれど、『週刊少年ジャンプ』の投稿コーナー(「ジャンプ放送局」)でのお仕事を長年やらせていただいていたこともあって、『毛色が違う』と同業のみなさんから思われていたのが、寂しかったものですから。

はっきりと『智佐ちゃんはタレントなんでしょ?』といわれたこともありましたし。声優になりたくて声優学校に入ったくらいで、タレント的な活動なんて希望していなかったのに。

でも、だんだんと声優としてのお仕事が軌道に乗る中で、声優の仕事は『本当の道』で、歌やイベントといったほかのお仕事は、『道草』という感覚になれたんです。
道草は楽しいじゃないですか。意外なものに出会えたりして。失敗しても、『これは本業じゃない』と思えますし。

だから留学を経て、声優として余裕が持てるようになってからのメディアミックス展開は、とにかく快適で楽しかったです」

■「サクラ大戦歌謡ショウ」誕生秘話


アニメやゲームに紐付いたイベントで、コスプレをすることにおいても、横山はパイオニアのひとりだと言われている。

「最初にやったきっかけは、あまりにもイベントがたくさんあって、いつも衣装を考えるのが難しくなってしまったからなんです。そこで『キャラクターの格好をしてみたらどうだろう?』と思って、何の抵抗もなく、お友達で洋裁が得意な人にお願いして、『魔法少女プリティサミー』砂沙美ちゃんが着ている、ヒラヒラの、めっちゃミニの和風のスカートを作ってもらって、履いたんです。

横山智佐『魔法少女プリティサミー』砂沙美の衣装

始めはちょっとドキドキだったんですけど、ファンの方にすごく喜んでいただけたので、気持ち良くなってしまって(笑)。そこから、コスプレでの登壇を続ける流れができたんです」

そのコスプレが、実は「サクラ大戦歌謡ショウ」へと繋がった。

「私はただひたすら面白がっていただけだったんですが、あるとき、私のコンサートで『サクラ大戦』の曲を歌うときの衣装として、さくらの和装に似せたコスプレ風の、袴の衣装を作っていただいたんですね。

真宮寺さくら(C)1999 SEGA/BANDAI VISUAL/MARINE ENTERTAINMENT横山さん演じる真宮寺さくら(C)1999 SEGA/BANDAI VISUAL/MARINE ENTERTAINMENT
それを見た『サクラ大戦』のプロデューサーの広井王子さんが、『これはいける!』と思ったそうなんです。声優がそのまま衣装を着て、歌えば、本物の帝国華撃団(歌劇団)をやれるじゃないか、と。

横山智佐『サクラ大戦歌謡ショウ』ステージの模様
そんな始まりでしたから、私の中ではただただ、楽しいことの延長で進んでいたんですが、回を重ねるごとにどんどん本格的に、大ごとになっていったんです。
そして、ダンサーさんやジャパン・アクション・クラブのみなさんと共演する中で、『私って、なんて何もできないんだろう?』と気がついたりもしました。せっかく舞台を与えられたのに、舞台のことが何も分かっていないのは、よくないと思ったんです。

それで、29歳で初めてジャズダンスを習い始め、アクションも教わり、日本舞踊を習ってみたり、和太鼓もやってみたりして……ただ、どれも強制されたわけではないんです。
あくまで、さくらとして舞台の上で何ができるのか、さくらとしてお客さんに見てもらうために何が必要なのかを考えて、自分からできる範囲を広げていった。

そうやって、舞台を通じて新しい何かに挑戦できることは、ただただうれしかったです。大人の習い事みたいな感じですね(笑)。

横山智佐
また舞台の内容でも、泉鏡花が書いた難しく、美しい日本語をしゃべるのも面白かったですし、『西遊記』で豚の役を演じるのも新鮮でした(笑)。どれも振り返ると、すごく幸せな経験でしたね」

■現在の2.5次元ブームはどう映る?


そうした、まだ「2.5次元カルチャー」という概念が確立される前の時期を知る横山の目に、現在の2.5次元文化の隆盛はどう映るのだろうか。

「今日の取材もそうですが、『サクラ大戦』がそうした文化の源流だと言ってくださる方が大勢いて、それはうれしいことです。
広井さんはちょっと意地を張って、歌謡ショウは『二次元と三次元の人間が融合して作ってるんだから、五次元である」とおっしゃっているみたいなんですけど、私は2.5次元でいいじゃありませんかといいたい(笑)。
私は自分自身がコスプレ好きなこともあって、舞台に限らず、コスプレで表現する世界を喜ぶ人がたくさんいる気持ちにも共感ができますし。

これはもう、来るべくして来たブームなんだろうなと思っています。舞台では、役者さんたちの努力、スタッフさんたちの工夫も素晴らしいですしね。
『戦国BASARA』の舞台を見たときに、感動したんです。二次元ならではの、とても大きなサイズの武器を、三次元で扱ってみせる。
扱う役者側の練習もですし、道具としての持ち手などの工夫も凝らされていて、そうしたひとつひとつの積み重ねで今のブームが作られているんでしょうね」

現在、2.5次元以外の舞台作品でも活躍する横山だが、そうした活動においても「すべてが『サクラ大戦』の舞台で経験させてもらったことの影響を受けています」と語る。技術面はもちろん、精神面、チームワークの捉え方など、一本の線で結びついているのだと。

最後に、そうした経験すべてを踏まえて、若い役者志望の方々に向けたメッセージをいただいた。

「私の人生のモットーは『冒険』と『挑戦』なんです。これからも冒険する心、挑戦する勇気を忘れずにやっていきたいと思っております。
若い、夢溢れる皆さんにも、選択肢の多い、多様性の時代ですけれども、思い描いたことを諦めずに、ちょっと我慢しながら続けて、がんばってもらいたいですね」

横山智佐
「サクラ大戦OVAシリーズ Blu-ray BOX」

「サクラ大戦 OVAシリーズ Blu-ray Box」パッケージ写真 35,000円(税別)(C)1997 SEGA/BANDAI VISUAL/MARINE ENTERTAINMENT(C)1999 SEGA/BANDAI VISUAL/MARINE ENTERTAINMENT(C)2002 SEGA / RED(C)2003 SEGA / RED(C)2004 SEGA / RED(C)2007 SEGA / RED
発売:2020年3月18日
価格:¥35,000(本体)+税
品番:PCXP.60103

■収録作品


サクラ大戦~桜華絢爛~(全4話)
サクラ大戦~轟華絢爛~(全6話)
サクラ大戦 神崎すみれ引退記念 す・み・れ(全1話)
サクラ大戦 エコール・ド・巴里(全3話)
サクラ大戦 ル・ヌーヴォー・巴里(全3話)
サクラ大戦 ニューヨーク・紐育(全6話)
《前田久》
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