■日常芝居、特に難しいのは「手と箸」?
――本作はオリジナルアニメでありながら若手アニメーター育成を担うものでもあるわけですが、キャラクターデザインにもそういった意図は組み込まれているのでしょうか?
於地:はい。今回は絵を動かすことを学ぶプロジェクトですので、線をあまり多くせず服装や髪形もシンプルなものにしました。
たとえば『サイボーグ009』の島村ジョーや『ドラゴンボール』の孫悟空の髪型のようにマンガでこそ映えるシルエットですと、キャラがピョンピョン跳ねたりクルクル回ったりといったアニメーションを描く際に、「二次元の嘘を動かす」という、基本とは別のスキルが必要になります。
今回はそういった基礎以外の要素はなるべく減らし、現実的で形を捉えやすいキャラクターデザインであることを優先しました。
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――飛んだり跳ねたり回ったりと元気な主人公キャラクターの性格も、トレーニングの題材として最適そうですね。
於地:そうですね。主人公の少女が快活であれば様々なアクションを描く練習になりますから、そういった意図もありました。
他にも、登場キャラクターが動物やメカなどバリエーションが多いことや、現実世界が舞台であり日常芝居を多く盛り込める点なども、若手アニメーターのトレーニングをするうえでは、いい題材になるだろうという狙いです。
天野:特にキャラクターの日常芝居については、プロジェクトを取りまとめている日本動画協会さんからのオーダーもあって多めに盛り込んでいただきました。
――日常芝居とは具体的にはどういったもののことを指すのでしょうか?
天野:キャラクターが食事をするとか寝起きするとか、普通の人が日常的に行っている類の動作のことです。
本作では物を取ったり立ったり座ったりといったシーンが多く取り入れられています。
日常芝居は、キャラクターと同じ動きを自分でしてみて、それを参考に作画するという練習がしやすくなっています。
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――どうして日常芝居のトレーニングを重視するのでしょう?
於地:日常芝居のアニメーションは描くのが難しいんです。
日常的なものであり視聴者も見慣れた行動は、少しでもおかしなところがあったり下手だったりするとすぐに違和感が出てしまうんです。
逆に人間が空を飛んだり大迫力のパンチで岩を砕いたりといったシーンは、それを見たことがある人がいないから、けっこう通用してしまうことがあります。
デッサン力や観察力など基本的なスキルを求められるのが日常芝居です。
日本動画協会さんが日常芝居を重視するのは、地味だけど基本となるスキルをしっかり身に付けてほしいという狙いがあるように思います。
――本作の中で特に難しかった日常芝居はどれでしょう?
於地:物語の前半部分でみちるがフリーマーケットに持っていくおもちゃを取り上げてコメントをするのを数回繰り返すシーンがあります。あそこは若手には特に難しかったと思います。
物を手に取るという動きはけっこう難しいんですよ。
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――どういうところが難しいのですか?
於地:物を取る時の手の動きって、下から上に真っ直ぐ、ではありませんよね。
少し手首を内側に返しながら持ち上げますから、その分取り上げられた物の見えている面やパース(遠近感)は少しずつ変化するはずです。
地味ですが、人と物との位置関係を正確に捉えてその変化を描写する観察眼とスキルが必要とされます。
天野:日常の何気ない動作には小さな芝居がとても多いんです。それによって違和感が出ることもありますので、若手アニメーターには何気ない動作を特に意識してもらうようにしました。
――本作で他にもそういった芝居はありますか?
於地:物を食べながら会話をするような食事シーンも盛り込みましたが、本来難しいです。
箸を使った手の描写は特に難しいので、今回はフォークにして少し難易度を下げました。
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於地:人間の身体のパーツの中で特に難しいのが手なんです。
指も含めて細かい骨や関節がたくさんあるので動きが複雑ですし、筋肉や皮膚などもそれぞれ理解して描写しなければなりません。
さらに箸はかなり独特な持ち方・動きをしますから、箸を使用しての食事シーンはベテランアニメーターにとってもなかなか難しい題材になります。
――なるほど。普段アニメを見るときも食事シーンに注目してしまいそうです(笑)。
於地:自分なら箸を使うシーンはなるべく入れたくないです(笑)。そもそも今のTVアニメの制作環境では食事シーンをしっかり描くのは難しいでしょうね。
食生活の変化で、ハンバーガーのように食べる演技をさせやすい食べ物もありますから、箸を出さなくても自然な食事シーンを成立させやすくなってきてはいます。
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