「TATSUMI マンガに革命を起こした男」 映画評:椎名ゆかり | アニメ!アニメ!

「TATSUMI マンガに革命を起こした男」 映画評:椎名ゆかり

椎名ゆかりさんによる11月15日公開の映画『TATSUMI マンガに革命を起こした男』の批評です。映画そして、辰巳ヨシヒロの映画が海外で作られたことについての言及も。

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[椎名ゆかり]

■ 辰巳ヨシヒロの絵をアニメーションで再現

『TATSUMI マンガに革命を起こした男』が11月15日(土)より角川シネマ他で公開される。シンガポール出身のエリック・クー氏が監督しシンガポールで2011年に製作されたこの作品は、マンガ家・辰巳ヨシヒロの自伝『劇画漂流』を描きながら、その間に辰巳による5つの短編(『地獄』『いとしのモンキー』『男一発』『はいってます』『グッドバイ』)を挟む構成を持つアニメーション映画である。
同年の東京国際映画祭に出品され、アジアの風部門アジア映画賞を受賞して上映はされたものの、日本公開は難航。その後は日本国内で特別上映会が開催されることがあっても一般公開までには至らなかったが、製作からおよそ3年経った今年、ようやく劇場公開に漕ぎ着けた。まずこの公開を喜びたい。

本作『TATSUMI』はアニメーション映画と言って一般に連想される作品とは少し趣が違うかもしれないが、色々な意味で多くの人にお勧めしたい作品だ。映画としての面白さに加え、辰巳ヨシヒロの絵を再現率高く表現したアニメーションにも一見の価値があり、アニメーションが好きな人にも、もちろん辰巳ヨシヒロの作品が好きな人にも、日本のマンガやその歴史に興味のある人にも、そして海外における日本マンガの受容に興味のある人にも見ていただきたいと思う。

このアニメーション映画のタイトルが、劇中で使われた『劇画漂流』などの辰巳ヨシヒロ作品のいずれのものでもなく、作家自身の名前『TATSUMI』であることからもわかるように、全編エリック・クー監督の辰巳ヨシヒロへの敬愛に満ちた作品である。
筆者は技術的なことに詳しくないが、辰巳ヨシヒロの絵をアニメーションによってかなりのレベルまで再現した点にも監督の辰巳への愛情がうかがえる。そしてそれは近年海外で高まる辰巳ヨシヒロという“劇画作家”に対する評価を象徴しているようにも思える。

■ 高まる海外での辰巳への注目

辰巳ヨシヒロと言えば、日本よりも海外で評価、人気が高いマンガ家として、谷口ジローと共にその名が挙がる作家のひとりである。それを証明するかのように、アニメーション映画『TATSUMI』の宣伝用チラシの中の惹句には「あなたは、マンガ家・辰巳ヨシヒロを知っていますか?」「日本だけが知らない!」「なぜ、日本人は知らないのか?」等々、日本でマンガ家・辰巳ヨシヒロはあまり知られていなことを前提としたものがいくつも見られる。
日本における知名度はともかく、海外での辰巳の作品への注目度が高まっているのは本当だろう。実は辰巳のマンガ作品はかなり早い時期から海外で紹介されていた。しかし特に近年海外で辰巳の評価が上がっている理由は、日本では2008年に単行本化され、アメリカやヨーロッパ他でも2009年以降に翻訳出版された『劇画漂流』によるところが大きい。英訳された辰巳ヨシヒロの短編集を読みファンになったという『TATSUMI』の監督エリック・クーも、映画化を決心したのは2009年に『劇画漂流』(英語名:Drifting Life)を読んだからだと述べている。

■ 海外での日本マンガのあり方を考えさせる

1935年に大阪で生まれた辰巳ヨシヒロは、手塚治虫に大きな影響を受けてマンガを描き始めた。『劇画漂流』によると、不安定な職を持つ父親のもと親子6人で貧しい生活を送る中、中学生時代に兄が『漫画少年』に入選したことをきっかけに辰巳自身もマンガの投稿を始める。
高校生の時にデビューした後、いくつかの挫折はあっても次々と作品を発表。従来のマンガ表現に満足できず新たな表現方法を求めて「劇画」を提唱し、1959年にはそれまでの「ストーリィ漫画」とは「技術面」や「読者層」の違う「劇画」を制作する若手作家グループ「劇画工房」を旗揚げする。その結果「劇画」は人気を得て「劇画」と称する作品が数多く作られていくが、辰巳自身は求めていたものとの齟齬を感じて劇画工房を脱退し、独自の道を歩み始める。

新しい表現を模索し必死にあがく『劇画漂流』の若き主人公の背景として描かれるのは、マンガ業界の内部から見たマンガの発展史であり、戦後の日本の復興と共にある戦後大衆文化史である。
しかしアニメーション映画『TATSUMI』の中では代わりに短編5編が挿入され、市井の人々の生きざまの断片を描いてみせる。いずれも戦後の復興や高度成長という急速な流れの中で、時代に取り残されて人とのつながりを見失い孤独をつのらせていく人々だ。そして苦悩するどの主人公たちの心象にも辰巳自身の持つ孤独と焦燥が色濃く反映されているように見える。

以前、筆者は当サイト上のコラム「北米のマンガ事情」において「辰巳ヨシヒロの『劇画漂流』のプロモーションについて考える」と題して、北米でマンガ『劇画漂流』がどのように受容されているかを書いた。そのコラムで明らかにしたのは、権威あるペンクラブで講演したことが示すように文学性の高い作品を発表する作家として北米で受容されている辰巳の姿だ。
それはMANGAであってMANGAではないGEKIGA(劇画)という日本のオルタナティブ・コミックスを生み出し、より高みを目指して奮闘するアーティストの姿でもある。北米の読者の多くは、『劇画漂流』で描かれたそのような作家としての辰巳自身に共感を寄せ、『劇画漂流』での辰巳の姿を通して『劇画漂流』以前に出版された作品も含めた他の辰巳の作品に対しても、理解を深めていたように筆者には思われた。

今回、アニメーション映画『TATSUMI』を見て、東アジアのシンガポール出身であるエリック・クー監督もまた、北米の『劇画漂流』の読者と同じ共感を辰巳という作家に抱き、その姿を通して他の作品を理解しているように感じられた。辰巳という作家へ寄せる世界の関心は、海外での日本マンガのあり方を考える時にも、様々な示唆を与えてくる気がしてならない。


文化輸出品としてのマンガ-北米のマンガ事情-
「辰巳ヨシヒロの『劇画漂流』のプロモーションについて考える」
http://www.animeanime.biz/archives/7393


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場所: KADOKAWA試写室(東京都千代田区富士見)
http://animeanime.jp/article/2014/10/31/20687.html
《椎名ゆかり》
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