藤本タツキのマンガを原作とした押山清高監督作品『ルックバック』が、日本国内のみならず世界でも高い評価を獲得、ヒットを記録した。上映時間58分の長さながら鑑賞者の満足度も高く、異例のロングランとなった。Prime Videoで世界独占配信中のほか、「東京アニメアワードフェスティバル 2025」「新潟国際アニメーション映画祭」といったイベントでも引き続き上映が行われている。
今回、あらためてプロデューサーの大山良氏にこの企画の歩みを振り返ってもらった。

[取材・文=杉本穂高]
■押山監督によって上乗せされた作品の持つ熱量
――『ルックバック』は国内のみならず、海外でも233万人を動員、興行収入は23億円を突破(※2024年12月末時点)だそうですね。この結果は、どの程度想定されていましたか。
大山:想定していた部分と想定以上だった部分、両方あります。やはり作品自体の力と作り手の熱が世界中に伝わったんだと思います。僕自身、藤本(タツキ)先生の原作マンガを読んだとき、普遍的な物語とテーマ性を感じたので、全世界で共感を呼べる作品だと思いました。ですので、企画当初から、日本だけでなく世界中の人に見てもらいたいと思っていたんです。
海外初上映は、アヌシー国際アニメーション映画祭だったんですが、上映終了後に熱烈なスタンディングオベーションが起きて、拍手が鳴りやまなかったんです。その反応に押山監督も僕等も感動して、手ごたえをつかめました。海外のパートナーも日本国内に負けない熱意を持ってくれ、各国のファンも口コミで広げてくださったことで、ここまでの動員を達成できたんだと思います。

――本作の評判が広がっていった要因は、やはり、押山監督をはじめとする作り手の熱意と考えていますか。
大山:そうですね。マンガ家を目指す2人の少女の物語であるこの原作は、藤本先生自身が濃密に反映されている作品なので、押山監督は、この作品を手掛けるためには「自分事」にすることがまず第一歩だと話していました。その接点が本作のキャッチコピーにもなっている「描き続ける」ということなんです。押山監督も幼少期からずっと絵を描いてこられた方ですから、あれだけの熱量を持った映像になったんだと思います。
――熱量と関係するのかわかりませんが、本作はスタッフが少人数で、押山監督自身が大量に原画を描くという体制で制作されています。プロデューサーとしてこの少人数の制作体制に、完成への不安はなかったのですか?
大山:押山監督中心に少数精鋭の体制で作るというのは、企画当初からのコンセプトでした。監督が以前手掛けられた『SHISHIGARI』は、17分を一人で作られていましたし、アニメーションプロデューサーの永野さんと監督により、井上俊之さんをはじめスーパーアニメーターが参加してくださっていたので、寧ろ制作が進む度に凄いものが上がってきているという気持ちでいました。ただ終盤は、監督の担う物量があまりに膨大で、もしいま監督に何かあったら、作品が完全に止まるなという不安はありました。
■58分でもヒット作が作れるという“発見”

――結果として58分の作品として公開し、この長さでも作品の熱量があれば大ヒットするというのは発見だったのではないかと思います。
大山:発見というのは、まさにおっしゃる通りです。このくらいの長さでヒットした前例があまりありませんでしたので、不安はありました。原作が143ページの読み切り漫画ですので、尺をどうしようか悩みましたが、最終的には押山監督により58分のアニメーションになりました。結果、熱量の非常に高い映画になり、世界中での大きな反響にもつながったと思っています。
――初週の公開規模は、国内では約110スクリーンでしたが、劇場と交渉する際に、この長さはネックにならなかったのですか。
大山:当然あったと思います。しかし試写の反応が非常に良くて、公開直前に上映館数を増やすことができたんです。
――ブッキングにも作品の力が働いていたんですね。
大山:そうなんです。まず配給・宣伝チームも、絶対にこの作品を一人でも多くの人に届けたいと一丸となりました。そして劇場の皆さんもやりたいと手を挙げてくれ、そこから更に広がっていくという好循環が生まれました。それと、58分の短さは弱点かと思っていたら、口コミでロングランするときには長所になっていったように思います。劇場によっては一日10回以上、上映してくださる所もありました。口コミで評判を聞いた人が、映画を観にいこうと思った時、上映時間と予定の空いている時間とが合わせやすかったことも、プラスに作用したと考えています。
――一方、アメリカや中国での公開には、押山監督のインタビューをつけて、全体の上映時間が70分になるような工夫が必要だったようですね。
大山:はい。要望があって、特典映像をつけての上映になりました。この短さでもクオリティが高ければお客さんは満足してくださるというのがわかりました。この結果が今後の取組みのヒントになると思っています。
■『ルックバック』で感じた海外市場の反響

――本作は製作委員会にハリウッドメジャーであるAmazon MGMスタジオも参加していました。映画冒頭にAmazon MGMスタジオのライオンが出てくるのは、日本のアニメ映画としては新鮮でしたね。
大山:あれはインパクトありますよね。座組は弊社と集英社さん、スタジオドリアンさんでスタートしました。この作品の展開を考えている中で、日本でAmazonさんのアニメ製作チームが発足したタイミングとも重なりご縁もあってご一緒することになりました。
映画興行では、東アジア、北米が強かったですが、Amazonさんの配信網は中南米地域にも強いので、そういう地域からもたくさんのリアクションが出てくるようになり、さらに作品が拡がっている実感があります。
――日本アニメのグローバル市場での人気が高まっていますが、『ルックバック』の公開・配信を通じて、海外市場の成長ポテンシャルについて何か実感されることはありましたか。
大山:今後も、世界中で日本のアニメファンは拡大していくだろうなと実感しています。配信で世界中の人がほぼ同時にアニメを見られる環境が整い、ここ10年でファン層が大きく拡大しています。国内のアニメ業界も、各社が現地の会社とのパートナーシップを深めており、作り手の想いをファンへ届ける環境を整備していますし、マーチャンダイジングの分野でも各社が直接関与してクオリティを担保するような動きになってきています。作品を企画する際にも、世界のファンを想定していく動きが強くなっていると思います。
――世界市場を想定して企画を立てるとき、従来の国内市場をベースに考えていたときと、考え方の違いはどの程度ありますか?
大山:このジャンルは北米で強いとか、細かい部分に違いはありますが、ボーダーレスになってきていると思います。ですので、本質的にはそんなに変わらない気がしますね。やはり、全世界で共感を呼ぶものは普遍的な魅力を持った作品なので、日本でも海外でもそれは変わらないですね。それは『ルックバック』の企画の原点でもあります。
――最後に、『ルックバック』の今後の展開について、何か予定していることがあればお願いいたします。
大山:映画公開から半年以上が経ちました。配信やイベントでの上映も続いていますので、ぜひご覧になっていただけると嬉しいです。今年もリバイバル上映作品が人気を集めていましたし、今後もスクリーンでもう一度観たいといった声にもお応えしていきたいと思っています。一同長くご愛顧いただける作品になってほしいと思っておりますので、皆さまこれからも応援よろしくお願いします。
■STAFF 原作:藤本タツキ(集英社ジャンプコミックス刊)
監督・脚本・キャラクターデザイン:押山清高
美術監督:さめしまきよし
美術監督補佐:針崎義士(※崎はたつさき)・大森崇
色彩設計:楠本麻耶
撮影監督:出水田和人
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子
音楽:haruka nakamura
アニメーション制作:スタジオドリアン
配給:エイベックス・ピクチャーズ
■CAST
藤野:河合優実
京本:吉田美月喜
■主題歌 「Light song」 by haruka nakamura うた : urara
■原作 「ルックバック」(集英社ジャンプコミックス刊) コミックス発売中
(C) 藤本タツキ/集英社 (C) 2024「ルックバック」製作委員会