2007年に放送されたテレビシリーズ『モノノ怪』の劇場版、『劇場版モノノ怪 唐傘』が、ついに7月26日に公開される。
その特異なビジュアルセンスとミステリアスなキャラクター、独特の世界観で一世風靡した本シリーズは15年以上の時を経て、どうパワーアップしているのか、中村健治監督に制作のこだわりを聞いた。
[取材・文=杉本穂高]
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■大奥を舞台に「合成の誤謬」を描く
――まずはじめに、劇場版の舞台に大奥を選んだ理由をお聞かせください。
中村 企画会議のときに最初に何か決めたほうがいいねとなったんです。公式SNSに最初に出したビジュアルが大奥の大広間に、薬売りが立っているものだったんですけど、あれは最初にホワイトボードにレイアウトを書いて「カッコよくないですか?」とプレゼンしたもので、それが好評で大奥に決まりました。
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――ビジュアルから決まったんですね。その後、意識したテーマなどはあるのでしょうか。
中村 今回は、「合成の誤謬(ごびゅう)」というちょっと難しいテーマに挑んでいます。これは元々経済用語で、個々人が最適化をはかると全体は悪くなってしまうことを言うものです。
例えば、景気が悪いから個人が出費を抑えると全体としてはもっと景気が悪くなっていくような状態を表すときに使われます。集団と個の利益や事情って常にずれるものなので、それが一致するというのは幻想だと思うんです。その集団と個人がずれたところに起きる、もやっとしたものを「モノノ怪」として表現できるといいんじゃないかと思いました。
――水に対する信仰を描いていますが、これはどういう発想だったのですか?
中村 プロデューサーの山本さんの発案でしたが、集団と個人の話を描くときに、集団をどうキャラクター化するかを考えると、宗教は確かに良いなと思いました。調べていくと、大奥だけに流行っていた密教的なものが実際にあったらしく、そういうのをヒントにして作ったものです。
水は綺麗で身近なものだけど、ふとした瞬間に違って見えるものですし、動くものなので色々な表現ができます。例えば、あるキャラクターが洗脳みたいに圧がかかっている状態を水の動きで表現したりとか。雨と相性もいいし、今回はとにかく水で見せていくイメージでいきました。
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■電話帳みたいに分厚い台本の理由
――今回のキャスティングのポイントも教えてください。
中村 上手い人です(笑)。僕は声優さんの力を信じているんです。これは批判ではないですけど、映画になると突然プロの声優さんを使わない作品ってあるじゃないですか。もちろん、奥行きある魅力を出せる役者さんもいますが、声優さんはすごく上手いので、クリエイティブな観点でコアな部分はやっぱり声優さんにその実力を存分に発揮してほしいんです。
――絵のすごさに負けない声の芝居を皆さん披露されていますね。
中村 今回は台本のほか、「ストーリーバイブル」のようなものをお渡ししました。この人物はこういう人ですみたいなことをすべて解説した資料ですね。なので、皆さん現場に来たときにはすでに仕上がった状態で来てくれて、あまり説明する必要もなかったです。普段はアフレコ前に前説をするんですけど、それが長いと言われていたので(笑)、資料を作ってみたんですけど、それがすごく上手くいきました。
――台本も電話帳のように分厚かったそうですね。
中村 そうです。原作モノなら原作にたくさん情報があるからいいですけど、オリジナル作品だとそれくらいないと難しいと思うんです。過去作と同じ部分、変わった部分をしっかり説明しないといけないと思ったので、分厚い台本になりました。