「鬼滅の刃 遊郭編」堕姫と妓夫太郎は「ある意味」生まれる前から鬼だった | アニメ!アニメ!

「鬼滅の刃 遊郭編」堕姫と妓夫太郎は「ある意味」生まれる前から鬼だった

敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第19弾は、『鬼滅の刃 遊郭編』より堕姫と妓夫太郎の魅力に迫ります。

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『鬼滅の刃』遊郭編 第2キービジュアル(C)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
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    アニメやマンガ作品において、キャラクター人気や話題は、主人公サイドやヒーローに偏りがち。でも、「光」が明るく輝いて見えるのは「影」の存在があってこそ。
    敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第19弾は、『鬼滅の刃 遊郭編』より堕姫と妓夫太郎の魅力に迫ります。

『鬼滅の刃』遊郭編の敵役、堕姫と妓夫太郎は、作中の中でもひときわ哀しい鬼だ。

なぜならあの兄妹は、ある意味で生まれてくる前から鬼だったからだ。

その理由は、2人が生まれた遊郭という場所の歴史にある。

テレビアニメ「鬼滅の刃」遊郭編CM

遊郭の鬼追い


遊郭は、江戸時代、文化の中心地で華やかな場所だったと言われることが多い。それは一面の事実だが、そこで働く女性たちは、借金のために身売りした者が多く、遊郭の外に出ることが許されない不自由な世界でもある。江戸から明治になり、遊女の人身売買を禁じる芸娼妓解放令が出された後にも遊郭は残り続けた。

しかし、法律ができただけでは、金に困った人々を減らせるわけではない。結果、遊郭で働く遊女は、売られてきたかわいそうな人たちではなく、自分で身体を売る「いやしい人」と見なされることが増え、差別意識はかえって高まったとも言われる。※1

ちなみに、芸娼妓解放令は「牛馬きりほどき令」と呼ばれることもある。この法律の理不尽な矛盾を突いた呼び方だが、興味ある方は、『るろうに剣心』に登場する駒形由美のエピソードを調べるといい。

遊郭で働く女性たちは、借金を返し終わるまでは外に出ることを許されない。日々の食事や健康管理費なども稼ぎの中から引かれていき、病気になれば働けない分、どんどん借金はかさんでいく。

そんな遊女にとって、最も困ることの一つが妊娠だ。妊娠すればある程度の期間、遊女として働くことができなくなり、子どもを産めばそれだけ金がかかる。ゆえに、遊女にとって堕胎はよくある行為だった。

その堕胎のことを、ある遊郭では「鬼追い」と呼んでいたそうだ。

元遊女の女性たちの話を聞き書きした竹内智恵子の『鬼追い 続昭和遊女考』は、赤ん坊のことを「鬼子」と呼ぶ女性たちの声を数多く記している。遊郭の女性にとっては、お腹にできた赤ん坊は、元より苦しい生活をさらに圧迫する鬼なのだ。

「廓の私らは地獄腹に子など住み付こうもんなら大騒ぎ、一日も早く鬼子追い出す算段でお商売もうわのそら、鬼子が邪魔で自分の借材ますます増えると悩むだけ」。※2

かつての遊郭では、堕胎のために鬼灯(ほおずき)の根を使ったそうだ。鬼灯には毒があり、貧しい女性たちの中絶の秘薬として用いられていた歴史がある。他にも様々な堕胎方法があったようだが、どれも過酷なものだったようだ。

妓夫太郎は「生まれてくる前に何度も殺されそうになり、生まれてからも邪魔でしかなく、何度も殺されそうになり」と自分の過去を述懐しているが、遊郭とは、本当にそういう場所で、なにも妓夫太郎や堕姫だけが特別に不幸だったわけではない。遊郭では、生まれてくる命が祝福されず、「鬼」として処理されるところだったのだ。そんな場所に鬼が住み着くのはある種の必然のようにも思える。

美貌が全ての価値観を反映する兄妹


遊郭では美貌が全ての価値基準だと妓夫太郎は言う。妹の堕姫は醜い奴は食わないと言い、妓夫太郎は、見栄えのいい宇随天元にむかって「妬ましい」と何度も言う。

2人の価値観は、遊郭の環境で根付いたものだ。彼らは、彼らなりに必死に環境に適応した結果として、あのような極端な価値観を持つようになったのだ。しかし、美貌に価値があるとするのは、この社会の中で遊郭のような特別な場所だけではない。妓夫太郎と堕姫の価値観は、私たちが生きている社会にありふれていて、少しばかり極端に反映しているにすぎない。

そんな価値観だけで生きることを、妓夫太郎とて良いことだと思っていなかった。妹がこんな酷い生き方をせずに済む道があったはずだと考えていた。

でも、だれもそんな道を示してくれる人はいなかったのだ。彼らの苦しみをわかってくれる人も、助けてくれる人間もいなかった。不幸にも彼らを助けてくれたのは鬼だった。

『遊郭編』の登場人物で、そのように人が踏みにじるられる環境で生きてきたのは、妓夫太郎と堕姫だけではない。2人と相対する柱の宇随天元も、過酷な忍の世界で理不尽な扱いをたくさん見てきた人物だ。

忍の世界は、「部下は駒、妻は後継ぎを産むためなら死んでもいい、本人の意思は尊重しない、ひとすら無機質」。そんな価値観の中で育ちながら、それを否定して宇随は生きてきた。

宇随が戦ってこれたのは、その苦しみを理解してくれる人に巡り合えたからだ。鬼殺隊のお館、産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)は、「自分を形成する幼少期に植え込まれた価値観を否定しながら、戦いの場に身を置き続けるのは苦しいことだ」と天元の葛藤を認めてくれた。

誰か一人でも、あの兄妹にそう声をかけてくれる人がいたなら、2人は鬼ではなく、人間として生きられたかもしれない。

生まれる前から鬼で、死んでからも鬼であり続けたこの哀しい兄妹は、この世界の犠牲者なのだ。

参照:
※1『性差の日本史』新書版、インターナショナル新書、P156
※2『鬼追い 続昭和遊女考』竹内智恵子著、未來社、P150

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《杉本穂高》
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