単純明快な悪の魅力――「天空の城ラピュタ」ムスカはなぜ愛されるキャラクターなのか | アニメ!アニメ!

単純明快な悪の魅力――「天空の城ラピュタ」ムスカはなぜ愛されるキャラクターなのか

敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第26弾は、『天空の城ラピュタ』よりムスカの魅力に迫ります。

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天空の城ラピュタ(C)1986 Studio Ghibli
  • 天空の城ラピュタ(C)1986 Studio Ghibli
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    アニメやマンガ作品において、キャラクター人気や話題は、主人公サイドやヒーローに偏りがち。でも、「光」が明るく輝いて見えるのは「影」の存在があってこそ。
    敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第26弾は、『天空の城ラピュタ』よりムスカの魅力に迫ります。

近年の敵役は、「悪人だけど哀しい過去を背負っている」「敵対しているけど実は良いヤツ」といったタイプが多い。正義の反対は悪、ではなく正義の反対は別の正義という物語観で、単純な勧善懲悪の二項図式を乗り越えた複雑な物語が多くの人を惹きつけている。

たしかに、その手の敵役は物語に深みを与えてくれる。主人公サイドの物語だけでなく、敵対する側の事情も描けるし、実際の社会も複雑な事情を抱えた者同士が対立しているものでもある。社会の縮図としてはそのほうが正しいかもしれない。

しかし、時には難しいことを考えずに、悪い奴をぶっ飛ばしたい気分になることもあるだろう。そんな時、勧善懲悪の物語はとても大きなカタルシスを与えてくれるし、気持ちよく成敗されていく悪役に感謝したくなることさえあるのではないか。

『天空の城ラピュタ』のムスカは、まさにそんな敵役だ。

宮崎駿の映画作品は、善と悪では割り切れない自然と人の関係など、複雑な世界観で展開されるものが多い。特に、『ラピュタ』以降、この手のタイプの悪役はほとんど登場しなくなったことを考えると、ムスカはかえって希少性の高い存在になったと言える。

ムスカはどんな魅力を持っていて、本作の面白さにどう貢献しているのだろうか。

(C)1986 Studio Ghibli

■紳士な外面、冷酷な内面


ムスカは悪人であるが、その反面、紳士でもある

スーツを綺麗に着こなし、丁寧で上品な言葉遣いを心掛ける。育ちの良さと知的水準の高さを感じさせる。初登場時は粗野な将軍の傍らに控えていて、頭の良い参謀ポジションのキャラクターかと思わせるが、その実、将軍たちを自分の野望実現のために利用している狡猾な存在だ。

ムスカは一見、女性にも優しい。パズーと引き離され捉えられたシータに対して、「流行の服は嫌いですか」と紳士的な口調で話しかけるムスカは、危険な人物には見えない。

物語前半のムスカには、大人の余裕すら感じられる。パズーに対しても、手荒な真似で屈服させるよりも言葉と金で懐柔しようと試みる。主人公のパズーはまだ少年で、ムスカは成人であるのも事実だが、ムスカがパズーに言う「君も男なら聞き分けたまえ」などの台詞は、大人が子どもをたしなめるような物言いだし、金貨をパズーに渡すあたりも、資金にも心にも余裕のある男のなせる業という印象だ。

(C)1986 Studio Ghibli

しかし、後半になるにつれラピュタの核心に迫っていくほどに、ムスカは冷酷非道な言動が目立ちはじめる。シータに対しても優しい口調はなりをひそめ、おさげ髪を引っ張ったり、顔をはたいたりするなど、直接の暴力も厭わない。

ムスカの本性を端的に表しているのは、有名な台詞「見ろ、人がゴミのようだ」だろう。人の命をなんとも思わない残忍さがストレートすぎるほどに漏れ出ており、もはや紳士的に取り繕うつもりなく本性丸出しである。

普通、頭の中で思っていても「人がゴミのようだ」なんで口に出したりしないだろう。かなり驕りたかぶっている様子がうかがえるし、シータに銃を向けて「ひざまずけ! 命ごいをしろ!」とわざわざ言うあたり、相当にサディスティックな性格をしている。あの場面でひざまずかせても特に利益はなさそうだが。

(C)1986 Studio Ghibli

■純粋な“悪”でなければ、描けないものがある


このように、物語後半のムスカは実に清々しいほどに同情の余地もなく、共感できそうにもない悪人である。にもかかわらず、彼は人気がある。なぜだろうか。

一般的には、複雑な世界を描いた作品のほうがどうしても高く評価されがちである。例えば、『鬼滅の刃』も大ボスの鬼舞辻無惨こそ、純粋な悪だったが、その配下の鬼たちのほとんどは哀しい過去を持っていた。

しかし、シンプルな勧善懲悪だから出来が悪いわけではないはずだ。『ラピュタ』はスタジオジブリの作品の中でも屈指の人気作でもあるし、ムスカ自体、何度見ても味のあるキャラクターである。むしろ、彼が単純明快な悪として振舞うからこそ、テクノロジーや強い力は間違った人間に与えてはいけないというメッセージを強く打ち出すことができている。

なにより、物語には色々な役割がある。社会の縮図を描いて学びにするのも良いし、複雑な社会から、一時の避難場所として爽快な気分に味わわせてくれるものがあってもいい。

『ラピュタ』はどちらかと言うと後者を志向した作品であり、そのためにムスカは、かつてのラピュタ王の血筋という、もしかしたら複雑な過去を持っていてもおかしくない背景を持ちながらそれをおくびにも出さないのだ。

単純明快な物語でないと伝えられないものや、提供できないカタルシスもある。ムスカが純然たる悪人だったから、この作品は名作となったのだ。

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《杉本穂高》
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