「パトレイバー2」柘植行人(つげゆきひと)は令和の日本人に何を告げるのか?【4DX上映記念】 | アニメ!アニメ!

「パトレイバー2」柘植行人(つげゆきひと)は令和の日本人に何を告げるのか?【4DX上映記念】

敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」。第8弾は、『機動警察パトレイバー2 the Movie』より柘植行人の魅力に迫ります。

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『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
  • 『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
  • 『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』キービジュアル(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
  • 『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
  • 『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
  • 『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
  • 『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
  • 『機動警察パトレイバー2 the Movie』(C)HEADGEAR
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    敵キャラにスポットを当てる「敵キャラ列伝 ~彼らの美学はどこにある?」第9弾は、『機動警察パトレイバー2 the Movie』より柘植行人の魅力に迫ります。



日本は平和な国である。

しかし、その平和は世界の現実から隔絶された「幻想」ではないか。押井守監督の代表作、『機動警察パトレイバー2 the Movie』はそう問いかける作品だった。(2月11日から4DX上映が開始)

その問いかけを担う存在が、敵役である柘植行人(つげゆきひと)だ。彼はいわゆる「思想犯」だ。金や個人的な復讐心、世の中を支配したいというような野心で動いているのではない、純粋に日本人の目を覚まさせたくて彼は行動している。

「つげゆきひと」という名前は、「告げゆく人」をもじったものだと言われる。果たして、彼は誰に、何を告げたかったのだろうか。20世紀末に作られたこの映画を、21世紀の今振り返ると、彼の告げたかったことはより切実なものとして観客に迫ってくるのではないか。

『機動警察パトレイバー2 the Movie』(C)HEADGEAR
『機動警察パトレイバー2 the Movie』(C)HEADGEAR

平和憲法に守られなかった柘植の部下たち


柘植は、90年代に自衛隊レイバー小隊を率いて東南アジアの紛争地帯でPKO(国連平和維持活動)に参加していた。日本は1992年からPKOに参加しているが、その活動内容は憲法9条の規定のもと、厳しい制約に置かれている。

柘植率いる部隊は、反政府ゲリラと相まみえた時、上層部から発砲許可を得られず、柘植一人を残して全滅してしまう。彼は平和憲法のせいで部下を失ってしまったのだ。

日本国内は戦後、確かに平和憲法のおかげで戦争に巻き込まれることなく平和を享受し、経済発展を果たした。しかし、ひとたび日本の外に出れば、そんな平和は存在しないではないか、そして、日本の平和と経済発展は他国の犠牲の上に成り立っているのではないかと柘植は考えるに至った。日本人だけが偽りの平和に甘んじ、テレビのモニタの向こうに戦争を押しやっている状態に対し、彼は東京で「架空の戦争状態」を作り上げることで人々に世界の理不尽な現実を突き付けようとしたのだ。

『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
『機動警察パトレイバー2 the Movie』(C)HEADGEAR

幻の平和はあと何年持つのか


柘植の主張は大変説得力がある。というよりほとんど事実である。戦後日本の経済発展は確かに他国の戦争に支えられた部分がある。作中の言葉で言えば、日本の平和は「血まみれの経済繁栄」に支えられていた。

そんな日本の繁栄を柘植は幻だという。彼は、南雲しのぶに向かって「あの街(東京)が蜃気楼のように見える」と言う。南雲は「例え幻であろうと、あの街ではそれを現実として生きる人々がいる」と返す。

本作の実質的な主人公である後藤隊長も、「そんなきな臭い平和でも、それを守るのが俺たちの仕事さ。不正義の平和だろうと、正義の戦争よりよほどましだ」と言う。

『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
『機動警察パトレイバー2 the Movie』(C)HEADGEAR
後藤や南雲の言い分は正しいし、柘植の犯罪行為に対する反論として説得力も十分だ。平和であることは何よりも大切だ。戦争は大抵「正義」を振りかざして行われるものである。

だが、この2人は、あくまで国内の治安維持を目的とした警察の一員であり、その主張はあくまで幻の平和を満喫できる日本内部からの視点だと言えよう。柘植は、日本の外の世界に広がる理不尽を体験したうえで行動を起こしている。後藤と南雲が井の中の蛙だとは思わないが、柘植はより広い視点で日本社会を見ている。

本作が公開されたのは冷戦終結直後の1993年だ。それから28年が経過し、世界各地で紛争は絶えず繰り返されたが、日本では後藤の言う「きな臭い平和」が今も維持され続けており、蜃気楼のような街で平和に暮らしている。

だが、平和とともに戦後日本の代名詞だった経済発展は完全に止まった。バブル期には永遠に発展が続くと信じられていたその幻想は一足先に崩れ落ちたが、平和の方はかろうじて残り続けている。

しかし、その平和の方もだんだんと不穏な雰囲気が漂ってきているように思える。そもそも、「きな臭い平和」は永遠に続くようなものなのだろうか。もしかしたら、経済発展と同じく、耐久年数に限りがあるのではないか。幻の平和の耐久年数はあとどれくらい残っているのだろうか。

『機動警察パトレイバー2 the Movie 4DX』場面カット(C)1993 HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TOHOKUSHINSHA/Production I.G
『機動警察パトレイバー2 the Movie』(C)HEADGEAR
「もう少し、見ていたかったのかもしれんな。この街の、未来を」と柘植は最後に言う。

その意味ははっきりしない。「もう少し」先の未来で何が見えるというのだろうか。それは、もしかしたら偽りの平和の耐久年数は近い将来に切れるのだ、その時が楽しみだ、という意味だったのか。うっすら笑みを浮かべる柘植の顔に、久しぶりに本作を見た筆者はそんなことを考えてしまった。

どんな意味であったのせよ、柘植が突きつけた偽りの平和という概念は今、ますます日本人にとって大きな課題になったと言えるだろう。「告げゆく人」が告げたこの問題を、今なお日本は克服できていないのだ。
《杉本穂高》
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