■キャラクターのフィジカル・メンタルを想像する
声優の仕事はどんなに大ベテランになっても変わらないと悠木さんは話す。
作品やキャラクターのプロフィールといった、少ない情報から役を想像して演じ、選ばれて初めて仕事を獲得できる。
悠木さんはどのように役と向き合っていくのか。
「アニメのキャラクターって、フィジカルとメンタルが合致していないことがけっこうあるんですよ。たとえば、性格はボーイッシュなのに髪型はツインテールにしているキャラクターがいるとします。でも、自分をボーイッシュに見せたい子って、ツインテールにしないと思うんですよね。それはおそらくキャラクターの見た目のキャッチーさを優先してデザインされたものかなと。
だから私は役を想像するとき、フィジカルとメンタルを別々に考えるようにしています。
身体の小さい子だったら、骨格はこれくらいで、そこに響くからこんな声が出る。自分が小さいから人と話すときは見上げる姿勢になるとか、大人のキャラクターに合わせて歩くと息が上がるとか、そういった物理の面を想定します」

そうやって導き出したフィジカル面に、キャラクターが言いたいことを言えるようにするのがメンタル面の作り上げだ。
「メンタル面は、頭で考えるというより、もっと直感で捉えてあげたほうが立体感が出るものだったりします。他の方とかけ合いをして、『この返しのときは、こういうふうに(芝居が)転ぶかな』といった感じで、“面”だった情報を“球”にしていきます。この形でこれを上手いことはめるにはどれかな、みたいなパズルをしていく仕事です。
ないものを作る仕事なので、非常に想像力が必要なのですが、私はこの、想像する作業が大好きで。散りばめられたヒントから、『この子は朝どんな支度をするのかな?』とか、プールに入るときは水温を触って確かめてから入るのか、それとも、ザバーンと入ってから『冷てーッ!』ってなるのか(笑) と、ありとあらゆるシチュエーションで仮説を立てて、全部のヒントがきちんとはまるように、キャラクターを組み立てていきます」
■バラバラの部品を組み合わせる歯車が声優という仕事
これまで聞いてきたように、声優という仕事はクリエイターが作ったものに命を吹き込むのが役目。キャストとして注目をされることが多いが、自分自身が作品に携われる割合は世間が思っているよりもずっと少ないという。彼女自身もそう語る。
「すべての発注に合う歯車を作ってピッタリはめる。声優の仕事って、最終工程を担当する仕事のひとつなんです。そのことを私はいつも心に留めています。

■声優アーティストが歌う意義とは
声優と並行して、アーティストとしても活動する悠木さん。今はライブ活動や楽曲をリリースする声優が多く、その活躍は年々目覚ましい。紅白歌合戦にも出場した水樹奈々さんやμ’sをはじめ声優アーティストの認知度は高まり、顔を出すメディアで姿を見る機会も増えている。
悠木さんは「声優は声の表現に長けているから、歌とも親和性が高い」と語るが、当初は歌う気持ちはまったくなかったそうだ。

「『紅 kurenai』で一緒だった新谷良子さんのように私の周りには歌う声優さんもいて、そのときは客観的に『キラキラしてて素敵だな~』と思っていましたけど、私はちょっとでもお芝居に時間をあてたくて。だけど、『歌うことで見えるものがいっぱいあるよ』とお声がけいただいて、始めてみることにしました。
いざやってみると、今までいかに自分が一からモノを作っていなかったかに気づかされました。たとえばミニアルバムを作るなら『どういうアルバムにしますか?』とコンセプトから聞かれるんです。作りたいアルバムのイメージを伝えるために、コラージュで絵を作ってみたり、鼻歌を歌って録ってみたり、いろんなことを試しました。そうやって一生懸命やって、私の思いが伝わってようやくチームのみんなが動き出せるんですよね」

2019年6月に出したアルバムを、悠木さんは「ボイスサンプル」と名付けた。
ボイスサンプルとは、複数のキャラクターやナレーションの声を数分に収めてクライアントに渡すもので、声優なら誰しも用意している。その呼称を、アルバムのタイトルに冠した。
楽曲ごとに、まるで別人かと思うくらい声が変わる。声優にしか歌えない歌を、今なお考え続けながらアーティスト活動に取り組んでいる。

「私はアーティストさんみたいに、自分の個性だけでは戦えないから、声優だからこそできる面白いことって何だろうと考えたんです。そうしたときに、声優は芝居の中で声を変えるのはそこまで珍しいことではないのに、歌ではそれをやった人がいないのが不思議だなと思ったんです。
どうやら一般的には声が変わることって、キャッチーらしいんですよね。だから一度やってみようと。もしかしたら結果、『だから誰もやらなかったんだ……』となるかもしれないけど、別にそうなったからって失うものは何もないなって。それでやってみたらすごく楽しかったし、お客さんも喜んでくれた。それに、アニメをあまり見ない人たちが声優に興味を持ってくれたりもして、嬉しかったですね」
アーティスト活動においても、声優は“歯車”だという姿勢を悠木さんは崩さない。ただ、そこで「声優が歌う意義、悠木さんじゃなきゃ歌えないもの」というひとつの“発注”から手繰り寄せ、それにどれだけ答えられるかを楽しんでいるという。
→次のページ:モノづくりの過程で広がった視野