“子供向けアニメ”の役割とは? 宇宙をモチーフとした「スタプリ」が伝えること【藤津亮太のアニメの門V 第52回】 | アニメ!アニメ!

“子供向けアニメ”の役割とは? 宇宙をモチーフとした「スタプリ」が伝えること【藤津亮太のアニメの門V 第52回】

アニメ評論家・藤津亮太の連載「アニメの門V」。第52回目は、『映画 スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて』を題材に、「子供向けアニメ」が描くものやその役割を解説する。

連載・コラム 藤津亮太のアニメの門V
『映画 スター☆トゥインクルプリキュア 星のうたに想いをこめて』が公開中だ。
本作の縦軸は、宇宙の不思議な生き物ユーマと、羽衣ララ(キュアミルキー)の出会いと別れ。それをTVシリーズの主題である「未知なるものへのイマジネーション」と関連付けて描いた。

短い上映時間(71分)ながら、ララとユーマが仲良くなっていく過程が丁寧に描かれており、それがクライマックスの盛り上がりに繋がっていた。
子供目線は外さないまま、普遍的なテーマを描いたことで、非常に間口が広い作品になっている。

そもそも子供向けアニメ(ここでは大雑把に小学校低学年までを対象にした作品と考えておく)は、まず「欲望を開放する」という入り口が設定されている。

観客・視聴者は「かわいくなりたい」「おいしいものをいっぱいたべたい」「おもいっきりあばれたい」といった感情を登場人物に仮託することで、日常生活の中では発散しきれない思いを、フィクションの中で擬似的に発散するのだ。
子供向けアニメの主人公が、おっちょこちょいでオープンな性格なのは、こうした欲望をてらいなく開放させるため、という側面もある。

これを『プリキュア』シリーズにあてはめると、「かわいくなりたい」は変身という要素として、「おもいっきりあばれたい」はバトルの要素として融合した形で作品に盛り込まれていることがわかる。

なお、この2つを融合させた嚆矢が『美少女戦士セーラームーン』であり、それまでは男児向けの要素が強かった「変身とバトル」は、今や男女を問わず普通に「欲望の開放」要素として子供向けアニメに見つけることができる。
それは『スター☆トゥインクルプリキュア』にもしっかり受け継がれている。

また今回の『星のうたに想いをこめて』に限っていうと、前半でユーマの力である瞬間移動が描かれる。
この力で星奈ひかるとララは、修学旅行中のえれなとまどかがいる沖縄を訪れたり、イースター島やウユニ塩湖、ナスカの地上絵などの世界中を巡ったりする。こうした一連のシーンも「行きたいところにすぐ行きたい」という子供の欲望を開放するシーンということができる。

そしてこの「欲望の開放」を入り口にした上で、子供向けアニメはさまざまなものを描いている。
たとえばひとつは「勇気づけ(エンカレッジメント)」。作品を通じて、個々の視聴者・観客の存在を肯定し、前向きな気持ちにすること(この世というのは生きているに値するものだと伝えること)だ。
これは子供の自尊感情を高めることになる。自己肯定心の“貯金”が多いことは、酷薄な現実への耐性が強いことでもある。

この「勇気づけ」を特に作品の中心的な命題として取り上げた『プリキュア』シリーズが、昨年の『HUGっと!プリキュア』だった。
シリーズ15作目の同作は、「応援」というモチーフを採用し、さまざまな登場人物がなりたいものになる様子を応援するという形で、視聴者も同時に勇気づけていた。
これは、子供向けアニメの機能そのものをメタ的に作中に取り込んだともいえ、15周年という節目の年にはふさわしい内容だった。

では今年の『スター☆トゥインクルプリキュア』はどういう趣向の作品なのか。『プリキュア』シリーズは、オーソドックスな内容と挑戦的な内容を往還しながら作品を新鮮に保ってきた歴史があるが、本作はかなり「挑戦」の度合いが高い作品となっている。

『スター☆トゥインクルプリキュア』のモチーフは「宇宙」。これはそのものずばりのリアルな「宇宙」というわけではなく、「未知の空間(いわばフロンティア)」としての「宇宙」という形で取り扱われている。
なにしろ5人いるプリキュアのうち2人が宇宙人であり、プリキュアたちはしばしばほかの惑星へも足を伸ばしている。

この「宇宙」というモチーフの向こう側に「未知なるものへのイマジネーション」というテーマが込められているのが、『スター☆トゥインクルプリキュア』だ。
『プリキュア』シリーズは、『スイートプリキュア』以降、作品ごとにモチーフを打ち出す傾向が強まり、特に『Go!プリンセスプリキュア』から3作品は明確になっている。こうしたモチーフの向こう側にテーマを設定していくのが、最近の作り方になっている。

ここで「未知なるもの」が指すのは、異文化を持つ異星人であり、宇宙の果てのまだ見ぬ世界であり、さらには見たこともない未来も含まれる。
そうした未知のものを、イマジネーションを通じて理解していこうというのが本作の基本姿勢と思われる。

今回の『星のうたに想いをこめて』も、その通りの内容で、ユーマが言葉を解さない相手というところが大きなポイントになっている。

言葉が通じない相手の心をどうイマジネーションするか。ここで大きな役割を果たすのが音楽だ。この音楽によるコミュニケーションは、おそらく映画『未知との遭遇』もヒントのひとつになっていると思われる。
同作も宇宙人と音でコミュニケーションをとる映画であり、ひかるたちが世界を巡る時には、『未知との遭遇』のクライマックスの舞台になったデビルズタワー(アメリカ・ワイオミング州)が登場している。

そしてこの「言葉が通じない相手の心をどうイマジネーションするか」をめぐって、本作は「勇気づけ」だけでなく、子供向けアニメに欠かせない内容を取り扱っている。それは「感情のレッスン」だ。

幼い視聴者は物語を通じて「怒り」や「悲しみ」、あるいは「二律背反」といった感情を体感し、自分の中にある“もやもや”としか感じられなかった感情を理解していくのだ。
これらの感情はそのままだとストレスになるが、物語の中ではカタルシスとともに解消されるから、子供の心の中にストレスが残ることはない。
このような感情の幅やそれを理解する過程も、子供向けアニメの中には含まれているのである。

例えば『星のうたに想いをこめて』で描かれた、ララがユーマと別れざるを得なくなるシーン。ユーマが星空警察に保護されようとする時、ララはなかなかそれを受け入れることができない。
ユーマを狙ってやってきた宇宙ハンターのひとりは、そんなララに対して、いつまでも一緒にいたいという気持ちは、ハンターたちの「自分のものにしたい」という気持ちとなんら変わらないという指摘をする。

一番大事なのはユーマがどうしたいか。自分の気持ちに囚われて、ララは相手の心をイマジネーションすることを忘れていたのだ。
「優しさのつもりのわがまま」「相手のことを思って別れる悲しさ」「そのさきの喜び」といった感情が、このシーンから始まるクライマックスには込められていて、見事な「感情のレッスン」になっていた。

TVシリーズ『スター☆トゥインクルプリキュア』も後半戦だが、どのような形で「未知なるものへのイマジネーション」を表現していくのか。
子供アニメに込められた諸要素を意識しながら最終話まで楽しく注目したいと思う。

[藤津 亮太(ふじつ・りょうた)]
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」(http://ch.nicovideo.jp/animenomon)で生配信を行っている。
《藤津亮太》
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