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可愛い女の子が廃墟のような街を歩くそのキービジュアルに、「あれ?日本一ソフトウェアっぽくない?」と混乱する古参のゲームファン。
次々と明らかになるゲーム情報。漏れ聞こえる「百合」というキーワード……。
サバイバル×日常系百合という、つかみどころのない前情報の中、公式ツイッターに寄せられる声。
「鬱展開あるんですよね」
「日常系に見せかけた鬱百合ですよね」
中の人の「本当に日常系なんです!鬱展開はありません!」
という回答さえ、疑心暗鬼なフォロワー。
筆者である私もまた、その声を信じていない一人でした。
日本一ソフトウェアが、(いろんな意味で)重くないゲームを出す……?
そんなことってありえるのか……?
そこで私は、インサイド百合部門(今作った)を代表して、「じんるいのみなさまへ」のプロデューサーである菅沼氏に、話を聞くことにししました。
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2012年入社、2019年5月に30歳になったばかり。
この人の好さそうな方が、「日常百合ゲー」と言い張る「じんるいのみなさまへ」で、数多の百合ファンを鬱の沼に落とそうとしている「日本一ソフトウェアの刺客」……!
油断はできません。気を引き締めてインタビューしていくことにします。
百合好きの同志たちの笑顔を守るため、必ず私が化けの皮を剥いで見せましょう……!
◆日本一ソフトウェアが百合ゲーを?その実態とは
――本日はよろしくお願いいたします。さっそくで申し訳ありませんが、まず本作はどのような作品になるのか、プロデューサーの菅沼様からお話頂けませんでしょうか。
菅沼氏:そうですね、内容としては日常系サバイバル百合、としています。何故か廃墟となった秋葉原で目覚めた5人の女の子が、ゆるふわっとしたサバイバルをしながら生き延びていく。なぜ世界がこうなってしまったのか、他の人類は……?というのを物語のテーマとしています。
<――やっぱり。荒廃した世界観で繰り広げられる、重い空気の漂うサバイバル百合。可愛いパッケージでだまされるところでした>
菅沼氏:ですが……ちょっと普通のサバイバルとは違いまして……。電気も一部生きていますし、シャワーは暖かいお湯が出ます。
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菅沼氏:なのでサバイバルなリアルな表現……例えば野犬を倒して肉を捌くとか……そういうのは一切無いです。お肉はいつの間にかお肉になっています。そういう不思議なサバイバル生活を通してお届けしたいのは、あくまで5人の女の子の百合的な日常、です。
ゆるっとふわっとした不思議なサバイバル生活の中で繰り広げられる、ほのぼのと心あたたまる女の子同士の他愛もない会話……、それがこのゲームでお届けしたいメインです。
――つまり、サバイバルは物語のテーマではあるけれど、本作のメインではない……?
菅沼氏:はい、何度もtwitterでも言ってるんですけど、あくまで安心して女の子たちの可愛いやりとりを眺めていただける、日常系作品なんですよ。
<――まさか、本当に……?いや、油断は禁物です。彼の言葉の裏に潜む真実を暴くべく、ここは一度話題をずらして、彼の経歴からひも解いていくことにしましょう>
◆気が付いたら百合とともにあった
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――そもそも、菅沼さんが百合ゲームを作りたい、と思うに至ったきっかけはどこにあったのでしょうか?昔から百合はお好きだったのですか?
菅沼氏:そうですね……。いつから百合を百合と意識して好きだったのかは、じつははっきり思い出せないんです。幼稚園の頃見ていたセーラームーンではウラヌス(※1)が一番好きでしたけど。
(※1 セーラーウラヌス:多くの子供たちに百合性癖を植え付けたかもしれない存在。詳しくは筆者のこの記事参照)
菅沼氏:ただその『好き』も、ぼんやりとかっこいいなー、くらいのものだったと思うんです。後から思い返してみて、ああ、あれは百合だった……っていう感じで。
本格的にそういう世界に飛び込んだのは、やっぱりもうちょっと経ってからです。でも「いつから」っていう明確な目覚めはなくて。気が付いたらコミック百合姫(※2)を買ったりしていた、っていう感じですね。
(※2 コミック百合姫:一迅社より発行されている、百合漫画雑誌。最近では「ゆるゆり」や「citrus」など、連載作品がアニメ化されることもよくある)
――なるほど、いわゆる百合男子として目覚めた、と。当時から、百合をいつかゲームにしたい、というような夢はお持ちでしたか?
菅沼氏:そうですね、それはもちろんありました。好きなもの……百合でごはんが食べれたらいいなあと。でもそれはあくまで、「サッカー選手になりたいなあ」くらいのぼんやりとした夢で……。
――その夢が現実に見えてきたのはいつ頃でしたか?
菅沼氏:大学生の頃ですね。当時は今ほど百合ってメジャーな嗜好じゃないと思ってたんです。ですがある日、「百合姫」をめくってったら、「ゆるゆりアニメ化」って出てるじゃないですか。いやもうびっくりでした。でもきっと誰も見ないだろうなあ、周りで見てるの僕だけだろうな……って思ってたんです。
――でも、ゆるゆりアニメは爆発しましたね。
菅沼氏:そうなんです、周りのアニメ好きがゆるゆりを受け入れて盛り上がってるのを見たときに、初めて思ったんです。あれ?僕のこの「好き」は、商売としてちゃんと手が届くんじゃないか?って。
「百合の市場は拡大する可能性を秘めている」それなら僕がそこで仕事をできる可能性もあるんじゃないかと思ったんです。
――そして、その後……。
菅沼氏:そうですね、紆余曲折はありましたが、こうして日本一ソフトウェアで百合のゲームを作ることができました。まあ、運もあったと思います。
◆企画立案から実現まで
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――それでは日本一ソフトウェアに入社してすぐに、百合のゲームを提案したのですか?
菅沼氏:いいえ。2012年に入社したのですが、すぐにゲームを作らせてもらえるということもなく。2年前の夏(2017年)にゲームの企画を任されることになり、そこでようやく、ということで百合ゲームの企画を提案しました。
――なるほど。すぐに企画は受け入れてもらえたのでしょうか?
菅沼氏:最初はなかなか苦労しました。当社にはいわゆるディスガイアのような重いゲームを作るという本流と、それとは別に「ある一部分を尖らせた、チャレンジングな性質のゲームを作る」という二つの開発テーマがあります。それで言えばもちろん百合ゲームは後者、となるのですが……。まだちょっと尖り過ぎていたのか、社内に『百合』が分かる人物が自分しかいなかったんです。
まず企画を通すにあたって、会社のえらい人に話をしないといけないわけです。
百合なんて聞いたことも無かったような50代の男性に、百合とは何かを伝えなくてはいけない。この資料作りだけでも2か月くらいは要していたと思います。
◆レズビアンと百合の違い~理解を求めて問い続ける日々~
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――レズビアンと百合はどう違うの、とか……?
菅沼氏:その質問ももう無限回数聞きました(笑)。たまたま僕の上役にあたるその人は、「言葉の定義」みたいなものをしっかり求めてくる人だったんですよね。だから今まで自分自身でもふんわりと捉えていた「百合」に関して、すごく考えました。
――その問いには、どう答えたのでしょうか?
菅沼氏:僕が答えとして言ったのは、「あの人はレズビアン」はあり得るけれど、「あの人は百合」にはならない。つまり、レズビアンは個人の性的嗜好を示す言葉であり、百合は複数人での関係性を示す言葉なのではないか、ということです。まぁ、これは誰かから聞いた話なのですが(笑)。
――なるほど!それは腑に落ちますね。
菅沼氏:これはいい答えを言えた……!と思ったんですが、そうするとその人から「じゃあ、百合の関係性に登場する女の子個人はレズビアンなの?」と聞かれて……。
――終らない議論!
菅沼氏:そんな感じで二か月ぐらい……(笑)。最終的にはあちらが「わかった」と。
――根負け(笑)
菅沼氏:です。納得して分かった、っていうんではなくて、「よくわからんが、お前に熱い思いがあるのはわかった」みたいな感じでしたね(笑)。
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◆百合へのこだわりを聞く
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――上役を根負けさせるほどの熱意を持って通した「百合ゲーム企画」ですが、社内に百合に理解のある方がいないということでした。いざ開発!となったときに、また同じように百合の定義から説明を……?
菅沼氏:それもありましたが、ゲーム作りにはたくさんの人が関わっています。思想をそのすべての人と共有するっていうのはやっぱり少し難しいんです。
ですので定義を共有するとともに、もっとシンプルな「ルール」をディレクターと作りました。
――それはどのような……?
菅沼氏:男、もしくは男性を想起させる単語、描写は一切避ける。これを徹底しました。
――単語もですか?それは大分難しそうです。
菅沼氏:はい。例えば彼女たちが「家族」についての会話をするシーンで「お父さん」や「お兄ちゃん」などの単語もNGとしました。
――そこまでですか!?
菅沼氏:あと、これは細かすぎるこだわりなのですが……彼女たちが秋葉原の街を探索して、同人ショップでサバイバルについて書かれた本を読んで知識を得る、というくだりがあるんです。そのシーンで引用させていただいたサバイバル術の実在の本がいくつかあるんですが、全て女性作家の本から引用しています。
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――(絶句)
菅沼氏:もちろん世の中の百合作品には、男性が登場するもので良作と言われるものもたくさんありますし、単純に男がいない=百合、ではないのは分かっています。ですが今回は当社が初めて手掛ける百合タイトルということもあり、そのような分かりやすいこだわりを入れてみました。
◆ゲーム×日常系は相性が悪い……?
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――な、なるほど……。では開発もスムーズに行ったんですね。
菅沼氏:開発自体には問題はなかったです。ただ、『本当にこれでいいのか?』という声は、社内でも何度かありましたね。
――と言いますと、どのような点が?
菅沼氏:他のRPGを作っている社内のチームからは「このゲームは無駄話が多すぎないか?」と言う意見がありました。
――無駄話、ですか。それはまた辛辣な意見ですね?
菅沼氏:ですが、それは最もな意見で。本作は一般的なRPGゲームなどとはやはりちょっと違う作りになっていますから。
例えば一般的なRPGは,戦うという行為が明確に存在し、その戦い方のシステムに多くの開発比重が割かれます。シナリオはあくまでその「戦闘」というメインの行為の理由付けとして描かれますから、「無駄な会話」というものをいかに省くか、ということになります。そしてエンディングまでストーリーを体験していくわけです。
また、ユーザーの分身が主人公として物語を動かし、キャラを操作することで、平坦な道のりが平坦でなくなるんですよね。それがドラマチックになる。
――確かに。ルートを間違えて遠回りしてしまったり、カジノで寄り道したり、ありますね。
菅沼氏:はい。それをベースに考えると、日常系は本来、ゲームとは非常に相性が悪いんですよ。お話はどこまで言っても平坦ですし、今日と変わらない日常を繰り返す、というシステムはゲームの本筋とはとても相性が悪い。ですから本作でも大きな物語として「世界がどうしてこうなってしまったのか」という謎と答えをエンディングとして用意しています。
――なるほど。ですが見てほしいのはそこではない?
菅沼氏:もちろん物語も自信を持ってお届け出来るものですから見どころです。
ですが、本作でやはり一番力を入れたのは、「世界の謎とは一切関係のない、女の子同士の日常のわちゃわちゃした関係性」です。なので、会話シーンが本当に多いのですが、繰り返しますがその会話のほとんどが、世界の謎とは全然関係ないただの日常会話なんですよね(笑)。
それがRPGに慣れている社内の人間には「無駄話ばかり」と見えたんだと思います。
――ですが、日常系サバイバル百合を目指した本作には、無駄は一つもない、と。
菅沼氏:相性が悪い、と言われながらそれでも日常系百合をゲームで作りたかった、その問題点を良い感じに解決したゲームができたと自負しています。
――なるほど……。
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菅沼氏:内容としても、日常系の流れをきちんと踏襲して……そうですね、かって「けいおん!」や「ゆるゆり」、最近だと「ゆるキャン」なんかを楽しんでいらっしゃる百合好きな皆様には間違いなく楽しんでいただけるはずです。
――逆に、今まで百合にあまり接点の無かった、日本一ソフトウェアさんのファンの皆さんにはどうでしょうか?
菅沼氏:そう言った方は、これで是非「百合のすばらしさ」に目覚めてほしいです。無理に百合を好きにならなくてもいい。ちょっとでも「百合って何だ?」と思ったら、本屋さんの百合コーナーに言って、目に留まった本を買ってください。そうすることによって、百合市場は拡大し、拡大した結果、良作が生まれ、僕がうれしくなります。
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――……それは、消費者として?
菅沼氏:もちろんです。市場がすこしでも拡大する手伝いが本作で出来れば、結果として僕がホクホクする。それが百合ゲームを出したかった目的の一つですからね!。
<――未だ真相は分かりませんが、一つだけ分かったことがあります。
この方の百合への愛、揺るぎなき本物だ……!!
しかし、いくらリスペクトに値する人物とはいえ、私は日本にいる数多の同胞を不用意に悲しませないため、真実を追求せねばならない――!>
◆ついに真相へ切り込む~本当に鬱展開はないのか!?~
――先ほどから繰り返し「今までの日本一ソフトウェアの中では異質なものである」というお話を伺ってまいりましたが、ツイッターとかでもそのあたり気にされているユーザーさんが多いですね。
菅沼氏:(笑)。本当に、鬱展開はありません、ってずっと言ってるんですけど、信じてもらえないんです!無いです!本当に無い!ゆるふわ日常系サバイバル百合です!
――「日常系ゆるふわです」っていうツイッターの公式アカウント発言に対しても『そういうフリだろ?』って信じてないリプライついてましたしね。
菅沼氏:本当にどうして皆さん信じてくれないんだろう……。
――……そこは御社ブランドの、今まで積み重ねた信頼といいますか……
菅沼氏:今回は無いです!本当に鬱展開はありません!……無い……よな?無いと思うんですが……。
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――ちょ、ちょっと大丈夫です!? だんだん言い切りが怪しくなってきましたよ!?
菅沼氏:なんか……何が鬱展開なのかって結局個人の捉え方じゃないですか。
僕は少なくても「鬱じゃない!」って思ってるんですけど、あんまりこう、信じてもらえないと……「あれ?コレが鬱じゃないと思ってるのは僕だけで世間はもしかしたら鬱と思うのでは?」ってわかんなくなってきますよね……。
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<――や、ヤバい。菅沼Pの目の色が淀み始めてきた!
百合への熱い思い、ユーザーのみなさんに癒しのゆるふわ日常サバイバル百合をお届けしようと足掻いた挙句、信じてもらえない悲しみが彼の心を蝕んでいく……!!>
――で、ではまあ、あとは実際皆さんにプレイしていただいて、真相を確かめていただくということで!
菅沼氏:……あ、はい。僕は鬱じゃないと思ってますので、まずは安心して日常ゆるふわを楽しんでいただければなと思います!プレイしていただけた皆さんは是非、公式Twitterなんかに感想を頂ければ!
<――よかった、笑顔が戻った!今のうちにキレイに〆よう!>
――本日はありがとうございました!是非、私もプレイさせていただいて、その中身を確かめてみたいと思います!
菅沼氏:よろしくお願いします!
◆結論 真実はまだ分からない。だが……。
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最後には「鬱の定義とは」という終わらない哲学的問いへと堕ちそうになりつつも、こうしておおよそ1時間に渡る百合談義は終わりました。(本当はこれ以外にもめちゃくちゃ脱線百合会話した)
実際、鬱展開がゲーム内にあるのかどうか、現時点では私の結論は「あれだけ言っているのだから多分ないはず」としか言えません。
しかし、こうも言う事ができるのではないでしょうか。
あれだけの百合への熱量を持ち合わせた男の作った作品です。例え鬱があろうがなかろうが、素晴らしくないわけがない。
これだけはライターとして責任をもって表明することができます。
あとの真実は、読者の皆さんがプレイして、是非確かめてみてほしいです。
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2019年6月 発売日を待ちわびながら