ヒラリーの最大スポンサー ハイム・サバンの軌跡-3- パワーレンジャーへの道 | アニメ!アニメ!

ヒラリーの最大スポンサー ハイム・サバンの軌跡-3- パワーレンジャーへの道

連載・コラム

 
  •  
豊永真美
[昭和女子大現代ビジネス研究所研究員]

[パワーレンジャーへの道-米国で人気を得るには?]

■ 日本人の知らない合作作品

サバンは1983年に米国に拠点を作ってからも、DICというフランス人のジャン・シャロパンが作った米仏企業のアニメに音楽を提供していた。DICは東京ムービーなどに下請けを出しており、「ガジェット警部」、「Jayce and the Wheeled Warriors」、「シルバニア・ファミリー」など日本の地上波で放送されない日米仏合作アニメの音楽を提供していた(ガジェット警部はNHKのBSで放送された)。
その後、DICが経営難に陥った時、サバンはDICのカタログを引き取ることになり、自らもアニメ製作に携わる。その中には日本との合作アニメ「人魚姫マリーナの冒険」がある。このアニメは日本ではフジテレビで朝の5時からというほとんど誰も見ていない時間に放送された。但し、早朝5時とはいえ、東京の地上波で放送されたということは重要だろう。日本にとってもサバンとの合作は別に隠すことではなかったということだ。

■ パワーレンジャー始動

このように日本のコンテンツと関わりを持つ中で、サバンはスーパー戦隊シリーズのリメイクを考えた。サバン自身の回想によると1984年に日本に出張した時ホテルでスーパー戦隊を見たことがきっかけで、5人のヒーローがいるスーパー戦隊はフィギュアも5体売れるところが素晴らしいと考えたという。ただ、日本で出張時にたまたまテレビを見たという話はできすぎかも知れない。スーパー戦隊シリーズは、日本のものがフランスやイタリアで放送され人気を博したからだ。
フランスでは1987年に「超電子バイオマン」がフランス語吹き替えで放送され、大人気となった。フランスでは、ドロテという女性プレゼンテーターが司会する「クラブ・ドロテ」という子ども番組の中で紹介されたのだが、ドロテは特別ゲストとしてのちに「超獣戦隊ライブマン」に出演したくらいである。ゆえに、スーパー戦隊は欧米でもいけるという手ごたえはあっただろう(写真はフランスのバイオマンのDVD)。

サバンは東映に働きかけ、50万ドルで「恐竜戦隊ジュウレンジャー」の編集権とアジア以外での放送権を獲得 した。こうして、変身前は欧米人が演じ、変身後は日本の戦闘シーンという不思議な戦隊ものを製作する。
この珍妙なコンテンツは最初は全く放送することができなかったが、ルパート・マードック率いるフォックスの中の子ども番組枠フォックス・チルドレン・ネットワークのマーガレット・ロスに見出され1993年8月28日に米国で放送を始める。放送が決まったのは作品の面白さもさることながら、価格の面もあるようだ。サバンによると、当時30分の子ども番組は30万-40万ドルだったが、サバンは10万ドルで売ったという 。サバンはグッズのライセンスフィーで儲ける予定で、グッズの小売価格の10-12%を得るようになっていた。

■ 記録を塗り替える大ヒット

パワーレンジャーは放送直後から大人気となった。1993年には2-11歳の視聴率が70%を超え、1994年12月5日の「ニューヨーク・タイムズ」ではパワーレンジャーの玩具が売り切れ、親がグッズ探しに奔走しているという記事が出たほどである。1994年のパワーレンジャーのフィギュアの売上は10億ドル。バンダイアメリカのパワーレンジャー関連玩具の売上は1994年には前年比10倍の350億円になったという。
パワーレンジャーの玩具はバンダイが販売していたが、それ以外のグッズのライセンスアウトはサバンが行っていた。文具、衣類など様々なグッズの展開が行われた。
さらにヒットに乗じて、ライブショーや劇場用映画の展開も進めた。1994年から95年にかけて開催されたライブショーは北米65都市で開催され、当時の子ども向けライブショーの記録を塗り替える3000万ドルを売り上げた。劇場用映画は1995年の米国国内興行収入が3800万ドル、世界の興行収入が6600万ドルと子ども向け映画としてはまずまずのヒットとなった。ちなみに、「ポケモン ザ・ファースト・ムービー」の米国での興行収入は8600万ドル、「千と千尋の神隠し」は1000万ドル、「借りぐらしのアリエッティ」は1900万ドルとなっている。

■ 国際展開するパワーレンジャー

パワーレンジャーは米国放送直後から世界展開をする。朝日新聞GLOBE(2011年10月16日)の特集「特撮ヒーローは今も戦う」によると、パワーレンジャーは世界80か国で放送されている。かつて日本の戦隊ものを吹き替えて放送していたフランスもパワーレンジャーができてからはパワーレンジャーが放送されるようになった。台湾やタイなど、日本のスーパー戦隊を放送している国はあるものの、世界の大半は「パワーレンジャー」に席けんされているといえるだろう。
パワーレンジャーがこれほど早く、確実に世界展開できた理由として、サバンはフランスのM6で放送されたテレビ番組「CAPITAL」(2000年3月6日放送)のインタビューで、「日本のコンテンツは乱暴な面もあって、多くの国は不安に思っているが、我々は安心を与える」と回答している。

日本のコンテンツと比較し権利処理がされていることも、海外展開しやすい理由だ。日本のコンテンツの場合、コンテンツの権利処理が複雑で、海外との契約に手間取ることも多い。
サバンが国際的なネットワークを有していることも海外展開には有利だ。欧州はもとより、ユダヤ人人脈を通じて中東や中南米にもネットワークを有していたことも大きい。
もっとも、サバンの配慮にもかかわらず、ニュージーランドなどでは暴力的として放送禁止となった地域もある。このためもあり、サバンは世界的にパワーレンジャーのイメージアップを図っていく。

サバンは人気が出て早々の1994年にパNPO法人のD.A.R.E (Drug Abuse Resistance Education)に対し、パワーレンジャーのライブ―ショーの収益40万ドルを寄付した 。このNPOは子どもを暴力や麻薬から守る目的で設立されている。このようなNPO法人のキャラクターになることにより、パワーレンジャーは「浄化」されたのだ。

米国のパワーレンジャーの人気からサバンが学んだことは以下のことであろう。

1) 人気に火が付いたら素早くグッズを販売し、映画、ライブの企画も人気が冷めないうちに行う。
2) 海外展開も決断を早くし、機会損失を作らない。
3) 批判が起こったら、脚本のトーンを抑える。日本のコンテンツは乱暴というイメージを払拭するためには暴力シーンのカットもする。
4) イメージアップのためには、社会奉仕や寄付活動をする

一方、1996年には当時サバンのビジネス・パートナーでもあったルパート・マードックがソフトバンクと合同で、テレビ朝日の買収を仕掛け、最終的には取得した株式を朝日新聞に株を売却することとなった。マードックとテレビ朝日のかかわりを見る中で、サバンは日本市場の難しさを改めて知ったかもしれない。
《animeanime》
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