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詠舞台「蟲師」、そこに新しい表現の可能性がある

詠舞台「蟲師」、そこに新しい表現の可能性がある。声(言霊)、音、光、そこに映像をコラボさせることによって生み出される創造的かつ独走的。

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(C)漆原友紀・講談社/詠舞台『蟲師』製作委員会
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■ 技術を掛け合わせ、クロスさせ、さらに日本の伝統芸能の手法を取り入れて『蟲師』の世界を表現

舞台上は何もないに等しい。舞台いっぱいに透けた幕(斜幕)があるのみ。劇場に壁面には布。セットというべきものは何もない。暗転、それからスポットライトが、土井美加の語りで、詠舞台『蟲師』の世界の幕開け。ゆっくりとした口調がじんわりと染み入る。

ゲネプロでは『野末の宴』と『花惑い』が上演された。スクリーンに風景が映し出される。客席にも照明が当たり、舞台上だけでなく、客席も全てが『蟲師』の空間、という訳だ。
声優陣はとくに衣装を着用してはいないが、そこはかとなく、演じる役を彷彿とさせる。確かにアニメの『蟲師』の映像ではあるのだが、[分解]し、[再構築]をしているので、アニメのイメージを踏襲しつつ、舞台だけのオリジナルな雰囲気もある。
『野末の宴』には酒蔵が登場する。舞台の幕いっぱいに”蔵”が現れる。いわゆる映像なのだが、独特のリアリティを持って観客に迫る。光り輝く酒のシーンは印象的、うごめく”蟲”が客席サイドの布にも映し出され、静寂な高揚感がある。続いて『花惑い』、一転してスクリーンには大きな桜の樹が登場する。花びらが劇場いっぱいに”舞う”。

客席から声優陣が登場し、ゆっくりと舞台に上がる。『花惑い』は切なく、そして物悲しい”狂気”をはらんでいる。少女が臥せっているシーンでは、少女を布一枚で表現していたが、これは能舞台『葵の上』でも同じ表現がある。そういった古典的な手法と現代的なテクノロジーをクロスオーバーさせて見せる。
ラストの家が燃えるシーンは圧巻であるが、美しくもある。そして"桜"につながる。この作品、”詠舞台”と銘打っている。”読み”ではなく”詠み”なのである。”詠”は俳句や短歌を詠む、つまり、自分の中にある想い等を伝える時に使う文字である。[言霊]と最新技術を掛け合わせ、クロスさせ、さらに日本の伝統芸能の手法を取り入れて表現だ。
日本の神話的な、言い伝え的なテイストのある作品『蟲師』とこういった演出はマッチする。必要に応じて多少の演技もするが、中野裕斗始め、流石の声優陣、改めてその技量に感服する。

声優陣、ギンコ役の中野裕斗は洗いざらしの白いシャツを着用している。アニメではギンコだけが現代的な服を着ているのに対してそれ以外のキャラクターは”和装”である。今回の舞台、ギンコ役以外の声優陣は和のテイストのある”洋装”で、アニメのイメージとシンクロする。新しい表現に挑戦した、この詠舞台『蟲師』だ。
アニメ題材ではなくともこういった”語り”を主体にした舞台は昨今、目立っている。例えば、知られているところでは、2人の俳優が椅子に座って台本を”詠む”『Love Letters』(1989年NY初演、1990年日本初演)、また”詠み”の力で魅せる白石加代子の『源氏物語』等がある。アニメ作品では一昨年の『SOUND THEATRE×夏目友人帳~集い 音劇の章~』は秀作であった。しかし、こういった映像を駆使した舞台作品は挑戦的だ。
声(言霊)、音、光、そこに映像をコラボさせることによって生み出される空間。演出的には、まだまだ可能性がある。しかも技術は今よりも”明日”は必ず進化・発達する。回を重ねるごとに進化する可能性のある詠舞台『蟲師』、是非、第2弾、3弾と回を重ねて欲しい作品だ。

詠舞台『蟲師』公式サイト
http://mushishi-yomibutai.com/ 

詠舞台『蟲師』(読み:よみぶたいむしし)
原作: 漆原友紀『蟲師』(講談社刊)
舞台原案: 長浜博史
制作総指揮・演出・脚本: 中村和明(ワムハウス)
2015年3月18日(水) ~3月29日(日)
スパイラルホール(青山)

詠舞台『蟲師』公式サイト
(C)漆原友紀・講談社/詠舞台『蟲師』製作委員会
《高浩美》
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