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妻倉社長に、「どの美術が好きですか」と聞いたところ、即答で、「劇場で感動したのは、『千と千尋の神隠し』の美術ですね」という答えが返ってきた。
「建物や、部屋の障子や柱の“色”や存在感に、本当に驚いた」
『千と千尋の神隠し(2001)』の美術監督は武重洋二さんと吉田昇さんである。武重さんと吉田さんは共同で、『ハウルの動く城(2004)』『借りぐらしのアリエッティ(2010)』も美術監督も務めている。いずれも建築物の存在感が際立つと同時に人の生活感と体温を感じさせる作品である。
「同じ質問を、赤尾(進一郎)前社長にしたことがありますが、彼は『もののけ姫』って言ってましたね」
赤尾さんが社長時代、男鹿和雄さんや田中直哉さんをはじめ20人ほど、スタジオジブリの美術スタッフがニッカー絵の具を訪れて、「こんな色が欲しい」と半日ほど会議をしたという。『もののけ姫』のための「緑色」をつくるためだった。
「だから、うちはグリーンのバリエーションが多いんですよ」
時間をかけて赤尾さんは、『もののけ姫』のために、特別な「緑色」を作ったという。『もののけ姫』の作品世界にとって「森」は重要な背景である。当たり前だが、木々の緑は「緑」と「黄緑」だけではない。中間色がいくらあっても足りないくらいである。
このときは、「リンデングリーン」「ブライトグリーン」「ディープグリーン」「インペリアルグリーン」をつくった。ニッカー絵具の「緑」は約20種類。12色セットにはかならず入っている「ビリジャン」をはじめ、緑色のグラデーションはとても細やかだ。
「つくり手のニーズに応えたい」というニッカー絵の具。『鉄腕アトム』から『風立ちぬ』まで半世紀以上、この妥協をしない企業姿勢がアニメの美術を支え続けてきたのである。