アニメ・マンガに目がない「アニメ!アニメ!」編集部が、まだアニメ化されていない珠玉のマンガを紹介する連載<おすすめマンガ手帖>。
独自の世界観を持つマンガが次々と注目を集めるなか、今回スポットを当てたいのは、K-POPオタクの切実なリアルと、夢のような奇跡の邂逅を鮮烈に描いた話題作。ファンの胸を締め付けるオタク心理のリアルさと、元アイドルとのきらめくような恋模様を圧倒的な熱量で描く、花影あるとの『オンニって呼んでもいいですか?』を紹介する。
2025年8月14日にKADOKAWAの「カドコミ」で連載を開始。当初は単巻完結の予定が、オタクのリアルな心理描写が共感を呼び、ファンの熱い応援で続編制作が決定。2026年4月7日に待望の単行本1巻が発売され、現在も精力的に連載中だ。
※以下の本文には“ネタバレ”に触れる記述を含みます。読み進める際はご注意ください。
◆「推しとの恋」だけではない物語

K-POPオタク歴15年の那月は、かつての推しだったアイドル・ソラの引退をきっかけに、日々を持て余していた。そんな彼女が後輩に勧められて始めたマッチングアプリで出会ったのは、なんとソラそっくりの女性。元アイドルとファンという関係から始まる、花影あるとの『オンニって呼んでもいいですか?』は、一見すると、とても王道の「推しとの恋」を描く百合作品だ。実際、那月とソラの距離が少しずつ近づいていく過程には、推しを見つめるときの高揚感と、ひとりの人間を好きになっていくときの戸惑いが、どちらも丁寧に描かれている。
けれど、この作品を読んでいて気になったのは、恋に落ちていく二人以上に、むしろ「恋をしない」人物の存在だった。那月の親友・香苗は、アロマンティック・アセクシュアルである。作者自身が明言している設定で、香苗は「いつか絶対に描きたかったキャラクター」の一人だったという。
アロマンティックとは、他者に恋愛感情を抱かない、あるいは抱きにくいあり方を指す。アセクシュアルは性的な惹かれを感じない、あるいは感じにくいあり方だ。もちろん、恋愛感情と性的な惹かれは別のものなので、両者は同義ではない。香苗はその二つを併せ持つ人物として描かれている。
◆恋になる「好き」と、恋にならない「好き」
ここで面白いのは、『オンニって呼んでもいいですか?』が「恋愛をしない人」を、恋愛する主人公の対照物として配置しているわけではないことだ。
香苗は那月の恋を応援する。那月がソラに対して抱いている感情について相談すれば、それを「恋かどうか」という外側からの基準だけで裁くのではなく、那月自身がどう感じているのかを一緒に考える。彼女は恋愛の物語から外れた場所にいるのではなく、むしろその物語を成立させるほど近いところにいる。
だからこそ、この作品において「好き」という言葉は、少しずつ広がっていく。那月がソラを「推し」として好きだった気持ち。ソラが那月に向ける気持ち。友人同士として那月と香苗がお互いを大切にする気持ち。そして、香苗自身が恋愛とは別の仕方で誰かを大切にすること。
恋愛漫画では、ときどき「恋をすること」が人間関係の最終到達点のように描かれる。友達だった二人が恋人になれば関係が一段深まり、誰かを恋愛対象として選ぶことが、その人を「特別」にする。しかし『オンニって呼んでもいいですか?』には、そこから少しだけ自由になれる余白がある。
「推し」と「恋」は完全に別物でも、完全に同じものでもない。
第4話のタイトルには「これは“尊い”ですか? “恋”ですか?」とある。この問いは、そのまま作品全体の問いになっているように思う。好きな人を見て胸が高鳴る。それは恋なのか。推しを応援したいと思う。それは恋なのか。親友の幸せを願う。それは恋ではないから「弱い」感情なのか。
もちろん、そんな必要はない。香苗という人物がいることで、『オンニって呼んでもいいですか?』の世界には、恋愛をしない人も同じように誰かを大切にし、誰かの人生に深く関わり、誰かの恋を応援することができるという当たり前の事実が置かれている。
しかも、それを重たい「多様性」のテーマとして前面に押し出すのではなく、那月と香苗の日常のなかに自然に存在させているところがいい。恋愛をする人と、しない人。推す人と、推される人。アイドルとして見られる人と、一人の人間として見てほしい人。
『オンニって呼んでもいいですか?』が描いているのは、そのどちらかが正しいという話ではない。人を好きになる方法はひとつではなく、誰かを大切にする方法もひとつではないということなのだ。
だから、この漫画のいちばん好きなところは、那月とソラの恋が「尊い」ことだけではない。恋にならない「好き」も、恋になる「好き」も、どちらもちゃんと誰かと誰かのあいだにあるものとして描かれていること。
「これは恋ですか?」と尋ねる前に、「あなたはその人をどう大切にしたいですか?」と問い直してくれる。そんなふうに、恋愛漫画そのものの「好き」の範囲を少しだけ広げてくれる作品なのだと思う。





