ハイテンション推し活ラブコメディ『多聞くん今どっち!?』が放送中。二面性のある推し=多聞くんへの愛が揺れうごくさまが描かれる。オタクならだれしも、多聞くんのことが「好きすぎて滅!」な主人公・うたげに共感してしまうことだろう。

主人公・木下うたげの”推し”は、大人気アイドルF/ACEのセクシー&ワイルド担当・福原多聞くん。ある日うたげがバイトの家事代行で訪れた先は、なんと推しの多聞くんの家だった!しかし、そこでうたげが見たのは、ステージ上の完璧な姿とは真逆の、自己肯定感が低く、ジメジメとした超絶陰キャな多聞くんで……。

推しの衝撃的な裏の顔に動揺が止まらないうたげだったが、「ファンの愛を舐めるな!」「多聞くんは神!!」と、全力で多聞くんを肯定し、支えることを決意する。多聞くんのアイドルとしての「オン」の顔と、陰キャな「オフ」の素顔。ギャップのジェットコースターに振り回されながらも、全力で彼を推し続けるうたげ。
ファンと推しという一方通行なはずの関係から始まった2人は、思わぬかたちで距離を縮めていく。
推しへの「好き」と恋愛感情はちがうけれど……
ステージに立つ姿、ゲームシナリオのひとこと、アニメの数カット――ほんの数秒のうちに目を奪われ、もうそのひとのことしか考えられなくなってしまうことがある。そのひとのために(実際その相手にはなんの恩恵もないのだが)ならつらいことだってがんばれるし、そのひとに見合う「ファン」になるためになら自分への投資も惜しまない――。
「推し」によって生かされている「オタク」にこそ、『多聞くん』は刺さる。きっと鏡のなかの自分を見るかのように、そして同時に夢を見るかのように思えるはずだ。

推しを好きでいる気持ちと恋愛感情とはイコールでは結ばれない、と思う人は多いだろう。しかしそれらの感情を言葉として紡ごうとすると「好き」の一語にまとまってしまう。「推しへの『好き』は恋愛感情とはちがうの?」と尋ねられれば、「ちがう!」と即答したくはなるものの、そのちがいを饒舌に説明するだけの語彙を生みだすのには骨が折れる。
推しに捧げる“祈り”と“感謝”
そもそも「推し」という表現ですら、推しへの「好き」をただしく言い表せてはいないのかもしれない。べつに周囲に勧めてまわりたいわけではない。自分のなかにひっそりと「好き」を抱きかかえ、推しの幸せを祈り、推しが生きていることに感謝しているオタクだって多いはずだ。
そう、推しへの想いが上振れたオタクは、“祈り”と“感謝”に情緒の多くを捧げる。『多聞くん』第3話でのうたげも、多聞くんへの深すぎる“祈り”の片鱗を見せている。F/ACEのメンバー坂口桜利に「あいつになにかさせてやろうか? おれの言うことならなんでも聞くぞ」と意地悪く迫られたうたげはこう答える――「ただすこやかに生きて、とお伝えください」。ただすこやかに……
M!LKだ! 「好きすぎて滅!」で聴いたやつだ! わたしたちオタクの感情を、推される対象であるアイドルが歌っていることでも話題のこの曲があらゆるジャンルのオタクから支持されているように、オタクの感情は結局「ただすこやかに生きて」という“祈り”に行きつく。
まずはただすこやかに生きていてほしいし、そもそも生まれてきてくれたことに大感謝しているのだ。

オタクも恋をしている?
恋がわからないという多聞くんに対してうたげは、自分自身の感情が一般的な恋とはちがうことを前置きながらも、ファンに対して「笑ってほしい」「カッコ悪いとこ見せたくない」「好かれたい」とこぼす多聞くんに「恋してるみたい」とつぶやく。オタクだって「好かれたい」とは思っていないにせよ、推しには笑っていてほしい。オタクの感情も”恋”みたいなものなのかもしれない。
かくいうわたしも『多聞くん』を見ていたら、桜利くんのことが気になって気になって仕方がなくなってしまって、ほぼ”恋”である。
どうか桜利くんがしあわせになれますように! そう祈りながら最終話を待っている。








