「“アニメーションでつくること”は大前提」新海誠がアニメーション映画をつくり続ける理由 | アニメ!アニメ!

「“アニメーションでつくること”は大前提」新海誠がアニメーション映画をつくり続ける理由

『すずめの戸締まり』公開から約10ヶ月、23年9月20日にBlu-ray/DVDを発売した今だからこそ語れるであろう制作秘話を新海監督本人に聞く。

インタビュー
注目記事
新海誠監督インタビュー
  • 新海誠監督インタビュー
  • 新海誠監督インタビュー
  • 新海誠監督インタビュー
  • 新海誠監督インタビュー
  • 新海誠監督インタビュー
  • 新海誠監督インタビュー
  • 新海誠監督インタビュー
  • (C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会
「最初からアニメーション監督を目指していたわけではないんです」

そう話すのは、『君の名は。』『天気の子』など数々のヒット作品を生み出してきたアニメーション監督・新海誠。最新作の『すずめの戸締まり』は、2022年11月11日の公開から23年5月27日の終映までの198日間で動員1115万人、興行収入148.6億円を記録。商業デビュー作『ほしのこえ』の発表から約20年経った現在、アニメ業界をけん引する存在の一人となっている。

20年間、さまざまな作品を発表してきた中、新海監督の“集大成”と言っても過言ではないスケールだった『すずめの戸締まり』。日本人であれば忘れることのできない“災害”をテーマにしたこと、魅力的なキャラクターたちの登場などが大きな話題となった。

なぜ今この作品を発表したのか、どのように作品がつくり上げられていったのか。『すずめの戸締まり』公開から約10ヶ月、23年9月20日にBlu-ray/DVDを発売した今だからこそ語れるであろう制作秘話を新海監督本人に聞く。また、アニメーション監督を目指していなかった人間が今もなおアニメーションという表現手法を続けている理由にも迫った。

[取材・文:阿部裕華 撮影:吉野庫之介]



「集大成をつくろう」とは全く思っていなかった


――『すずめの戸締まり』は新海監督作品の“集大成”という印象を受けました。新海監督の中でもその意識はあったのでしょうか?

たしかに、自分のこれまでの作品の色々な要素が含まれているし、過去作で十分に語れなかったことを語り直している面もあるので、結果的に「集大成だよね」と言われたり、あるいは『君の名は。』(16年)『天気の子』(19年)に続く「災害三部作の完結編だよね」と言っていただけたりする作品になりました。自分としてもそう見える部分があるとは思いますが、『すずめの戸締まり』をつくり始めた当初は「集大成をつくろう」という意識は全くなかったですし、 三部作のようなつもりで作った意識もありませんでした。

自分がつくりたいもの、自分のスタジオやまわりのスタッフたちと今ならつくれるもの、そして今の観客がこういうものを見たいのではないかと思えるもの。その3つが一番重なり合う部分を映画にしようと思い、『すずめの戸締まり』をつくりました。



――新海監督作品はファンタジーの要素もある一方で現実的なテーマを扱っているため、実写という映像手法もなきにしもあらずではないかと思います。その中で、あえてアニメーションという映像手法を取っているのには、どのような思いや理由があるのでしょう。

僕は最初からアニメーション監督を目指していたわけではなくて、最初は、なんとなく「自分で映像っぽいものをつくりたい」と思い、一人でできる手法として絵を描きさえすれば映像になるアニメーションを選択して、それが『ほしのこえ』(02年)という商業デビュー作になりました。

けれど、結果的にアニメーション制作というものを20年くらい続けることになって、世の中から「アニメーションをつくる人だ」という認識をされるようになっていったんだと思います。なので、世の中や観客にアニメーション監督にしてもらえたような感覚があります。

――周囲が新海監督をアニメーション監督にした、と。

僕に限らず、人は自分の決断だけで自分になっていくわけではなくて、周りにどう見られているか、どんな期待を寄せられているかで、担う役割や自分自身が確立していくものなのかなと思います。僕としても、アニメーション映画をつくり続けてきて「アニメの人だ」と思ってもらえるようになって、自分でも「自分の職業はアニメなんだよな」と思えるようになって、ここまできました。

なので、自分にとって作品づくりは、“アニメーションでつくること”が大前提になっています。20年アニメづくりだけをしてきて、今さら転職してほかのことができるわけでもないですし(笑)。その中で、アニメーションにしかできないことや、どんな表現ができるかを考える。それが自分の仕事だと思っているので、それ以外の手法はあまり考えていないんです。



誰もが持っている感覚を拠りどころにエンタメをつくる


――『すずめの戸締まり』や過去作品の共通する要素として、日本神話があるかと思います。

たしかに、本作に描かれる“扉の開け閉め”は、なんとなく『古事記』などの日本神話に出てくる“天の岩戸伝説”と重なるところがあると思いますが、それは僕個人が日本神話というものに特別詳しかったり興味があったりするからではなく、自分と同じ日本という場所に住んでいる観客が「こういう感じ、分かるな」と感じてもらえるような映画をつくりたいと思っているからです。

世の中には外国を舞台にした作品や、異世界が舞台のファンタジー作品など、設定豊かな作品がたくさんありますよね。それぞれに良さがあり楽しさがあり何が正解というわけでもないのですが、僕自身は「せっかくアニメーションをつくるのであれば、誰もが持っている感覚を拠りどころに、大衆エンターテイメントにしたい」という意識があるんです。

それは、東宝という大規模興行を手掛ける映画会社と一緒に仕事をするようになって考えるようになったことです。東宝から『言の葉の庭』(13年)の次回作として「次は大きな規模の興行を目指しましょう」と提案があり、僕もそういうことをやりたいタイミングだったので、大衆に向けた作品をつくるとなった時、「どんな要素を根底に据えたら、多くの日本人に分かりやすく届くのかな」と考えた結果、1つに“日本神話的なもの”があるのではと思いました。

例えば、神社で無意識に手を合わせたり、初詣やお盆といった風習を大切にしていたり。たとえ由来に詳しくなくても、神様にお参りしたりお盆にはご先祖様が帰ってきたりといった感覚は、日本人なら誰しもがわかる感覚だと思うんです。そうした、日本人である自分たちの日常に密着しているものをモチーフに選ぶことで、普段アニメーションに親しんでいないような人や、ファンタジーやSFに詳しくない人にも分かりやすくて届きやすい作品になるんじゃないか。

そんなことを考えて、その感覚を映画に生かせないかと堀り進めて調べていった結果、日本神話や昔ながらの伝承、昔話といったものにつながり、『君の名は。』や『天気の子』、『すずめの戸締まり』の仕掛けとして組み込むようになりました。



――例えば、ヒロインの岩戸鈴芽(すずめ)(CV:原菜乃華)が住んでいる宮崎県はさまざまな日本神話が語られる場所でもあると思います。実際に住んでいる人や旅行に赴いたことのある人が、そういった日本神話的な要素から作品に寄り添える部分もあったのではないかと感じました。

「宮崎県は『古事記』で書かれている天孫降臨の地、神様が降りてきた最初の地で原点である」「宮崎県から旅をスタートして東に上がっていくのは、神武天皇が東に移動する神話やヤマトタケルの神話上のルートと重なる」など深読みをしてくださる観客の方もいて、そうやって楽しんでいただけることはうれしいのですが、つくっているときはあまりそういうことは考えていませんでした。いろんな深読みを許すような映画にしたいなと思っていましたが、根本に日本神話の構造が流れている映画でもなくて、作劇上の理由でこのルートにしたという部分が大きいです。

どちらかといえば、『すずめの戸締まり』の根底に流れているのは“東日本大震災”です。まだ記憶に新しい、生々しい出来事をエンターテイメントの中で描くことへの賛否も考えた上で、「それでも今つくりたい」とつくったのがこの映画でした。

そんな作品を描くにあたって思ったのが、東日本大震災は東北沖の地震だったけれど、日本全体を巻き込んだ出来事だったな、ということでした。あの出来事に、日本に住んでいる人で影響を全く受けなかった人はいないのではないか。だから、この物語を描くなら、日本全国を舞台にしたい、西の端から東まで移動するロードムービーのスケール感にする必要がありました。「じゃあ、なんで沖縄から始めなかったんだ」なんて言われるかもしれませんが(笑)、2時間に収めることを考えたり物語のバランスを考慮したり、いろいろな理由から、最初の地点は宮崎がいいと思いました。

ただ、日本神話のモチーフと重なる部分がいろいろな部分に見つけられるのも事実ではあります。それは、僕たちがそういう環境で育ってきたからだと思います。僕自身、子どもの頃から日本神話を読んできたわけじゃないけど、昔話などを通してなんとなく知っていたので、それが無意識のうちに映画に投影されている部分もあるだろうし、意識的に投影している部分もあります。



前作と少しずつ違うことをしたい


――「日本全国をモチーフにしたかった」とお話されていますが、これまでの新海監督作品は比較的狭いコミュニティの中で登場人物たちを動かしていく印象が強くありました。なので、本作がロードムービーになると拝見した時、主人公たちの行動範囲の広がりに少し驚かされました。

初期の作品であればあるほど、ある程度狭い範囲を舞台にしていたと思います。『言の葉の庭』なんかはすごく狭いですよね。日本庭園と学校と家くらいしか出てこない映画でした。そこからだんだんと広がってきたのはいろんな理由があるのですが、20年くらいずっとアニメーションをつくっているので、一度描いたものを繰り返すわけにはいかない、という思いがあります。

同じ舞台の作品をずっと続けられる人もいるでしょうし、それで面白い作品ももちろんありますが、僕の場合は、同じことをしていても観客は飽きてしまうのではないかと思うし、何より僕が飽きてしまうので(笑)。前作と少しずつ違うことをしたいと思ったとき、舞台もちょっとずつ広くしていきたいと考えました。

また、『すずめの戸締まり』がロードムービーになったのには、もう少し単純な理由が2つあります。

――どのような理由でしょうか?

まず1つは、映画を1本つくって公開すると各地の映画館を巡って舞台挨拶をするのですが、『天気の子』までの舞台あいさつで、大阪では「次回作では大阪を描いてほしい」、九州では「次は九州を舞台にして」と、全国各地で「うちの地元を舞台に描いてほしい」と言われてきました。

それまでは「いつかやりますね」とお茶を濁してきたのですが(笑)、心のどこかでやらなきゃいけないと思っていて、だったら、ロードムービーにすればいくつかの都市をまとめて1作でカバーできるかな、と。とはいえ、全国を細かく描いたわけではないので、本作では「名古屋をスルーしたじゃないですか」ということも言われてしまいましたけど(笑)。

もう1つは、コロナ禍につくった映画だったから。「移動を制限するように」「東京から出ないでください」「県境を跨がないでください」と強く言われている時に脚本を書いていたので、もっと自由に移動するような、明るい気持ちで、広い空の下、長い距離を移動できるような映画を作りたい――。そんな思いが、コロナ禍への反動として込められています。

――行動範囲の広がり以外にも、椅子やダイジン(CV:山根あん)のようなポップなキャラクターを登場させていることに過去作との違いを感じました。

そうですね。自分の作品の中ではあまり出さなかったキャラクターだと思います。本作は東日本大震災という実在の悲惨な災害が根底にあるので、物語の語り口としてはコミカルで明るいものにしないと、エンターテイメントとして成立しないと思ったんです。

後半は悲しい場面もあるかもしれないけれど、前半はたくさん笑って明るい気持ちになってもらいたい。エンターテイメントとして笑いも涙もあるような物語にしなければいけないと考えたので、意図的に椅子やダイジンといった要素を入れていきました。



――重いテーマを扱う上でエンタメに寄せ過ぎてしまうと、嫌悪感を抱く観客が出てくるリスクもあったかと思います。そこに対する不安はなかったのでしょうか。

もちろん不安はありました。とくに、つくり終わっていざ観客に見せる段階になってから――22年11月の公開前後から公開2ヶ月くらいまでは、「どういう風に観客に届くのだろう」「震災をエンタメの中で扱われて、すごく嫌がる人もいるだろうし、傷ついてしまう人もいるかもしれない」とずっと不安で落ち着かない気持ちがありました。

けれど、制作中は、実際の災害を使うけれど、その中にちゃんとコメディ要素も入れて楽しめるエンターテイメント作品としてつくらなければいけないと信じてつくっていました。震災をテーマにした作品の中には、シリアスな作品や、震災を現実の出来事として正しく伝えていくようなドキュメンタリー作品もたくさんありますよね。だけど、それらと同じことをするのではなく、エンタメのアニメーションをつくる自分たちにしかできないようなアプローチをしなければならないと思いました。

また、本作をつくる上で若い観客が多くなることを見越していたのですが、今の小中学生は、10年以上前の東日本大震災の記憶がほとんどないですよね。だから、震災のことを知らないお客さんでも「見たい」と思って来てくれるような映画にしたかった。彼らに「自分が生まれてすぐで物心があまりついていなかったけれど、そんなに遠くない昔にこういう出来事があったんだ」と知ってもらえるのも楽しいアニメーションにしかできないアプローチなのだから、この描き方しかないだろう、こういう語り口が自分たちにとって精一杯の正解なんだ。そういった確信を持ってつくりました。



芹澤朋也の人気に「僕も驚きました」


――本作が公開されて特に印象的だったのが、宗像草太(CV:松村北斗)の友人・芹澤朋也(CV:神木隆之介)の沼に落ちている人が多かったこと。新海監督的にこの現象は想定外でしたか?

そうですね、僕も驚きました(笑)。すずめや草太は観客に好きになってもらいたかったし、旅の中で出会うキャラクターたちも「いい人と出会えてよかったね」という気持ちになってほしかったし、なるべく愛してもらえるようにと考えてキャラクターたちをつくってはいますが、「芹澤で観客を沼らせよう」とは考えていませんでした。

公開が始まって舞台あいさつでいろいろな場所を回っていると、会場からの質疑応答の時に女性の観客から「私は芹澤の女なのですが、質問があります」と言われたりして(笑)。そこで「なにが起きているんだろう」と思い始めたあたりから、「芹澤がすごく人気なんだな」と僕自身が気づかされていきました。



――新海監督自身も観客の方たちに気づかせてもらったんですね(笑)。ちなみに、「愛してもらえるようなキャラクターをつくる」というのは具体的にどのようなことをしているのでしょうか?

キャラクターにはいろんなつくり方があると思います。1つは、物語を主導するキャラクターをつくること。週刊少年ジャンプのように、キャラクターに個性や口癖、特技があって魅力的で、そのキャラクターがいるから物語が転がっていく作品があると思います。

一方、僕の作品はそういうタイプとは少し違って、やりたい物語が先にあり、「このストーリーを語るためにこういうキャラクターが必要だ」と、物語を観客に届けるためのキャラクターを考えています。とはいえ、単純にキャラクターが物語を運ぶためのただの道具になってしまっては観客に愛してもらえないので、物語を運ぶためのキャラクターであると同時に、ちゃんと実在感があって、キャラクターだけでも愛してもらえるようにしたいとは思っています。

『すずめの戸締まり』で言うなら、最初に災害をテーマにした物語があり、物語を上手く伝えるメインキャラクターがいて、物語のこの辺りで芹澤のようなキャラクターが登場して、すずめを東北まで連れて行ってくれる役割を担う。そうやって役割分担をしてキャラクターを配置していくわけですが、そこでより愛してもらえるために、肉付けをする必要があります。

見た目や口癖、物語と直接絡まない行動――例えば、芹澤でいえば車の中で昭和歌謡を流す、とか。「どんな要素があればより観客が面白く興味深く見てくれるかな」ということを考えて肉付けをしています。

――観客が見た時に引っかかる、フックポイントをいくつかつくっていくイメージですか?

ポイントを考えるのも1つのつくり方ですが、それもひっくるめて、“予想させないこと”が大事なのかなと思います。

映画にキャラクターが登場した時、観客は「なるほど、こういうやつなんだ」「こういうやつなら、こういうセリフを言うよね」と無意識のうちに予想したり、見透かしたりしながらキャラクターを見ると思うんですね。そして、完全に観客の予想通りにキャラクターが動いてしまうと、驚きがないのでつまらない印象を与えてしまいます。だから、観客が予想していなかったような言葉を言ったり、行動をしたりする、そういうことが大事になってきます。

すずめたちに関しても、完全に観客に予想され尽くすのではなく、時に予想を裏切り、それによってより好きになってしまうような流れにしたいと思いながらつくっています。



監督の想像の範疇を超えた、松村北斗が発したとあるセリフ


――新海監督は、ご自身でセリフを当てたビデオコンテを作成し、キャストの方たちがそれを見てアフレコに臨むという手法を取り入れています。その中で、キャストのお芝居を聞いて「自分が想像していたよりこっちの方がいいから、この言い方を採用した」ということは起こり得るのでしょうか。

そういうことは度々起きます。役者さんが豊かな表現を出してくれることがとても多いので。

役者さんにとって、アニメーションは不自由なメディアだと思うんですよね。セリフ1つとっても、実写であれば役者さんによって喋るスピードや間の取り方は違って、自分の感覚でお芝居ができます。だけどアニメの場合は、各キャラクターのセリフを監督や演出家が全部組み立ててしまいます。画に合わせて「このセリフを何秒、何コマで喋る」と、すべてのテンポが厳密に決まってしまっている。それをさらに極端にしているが僕の作り方で、最初に僕自身がすべてのセリフを当ててしまっているので、役者さんにはある種、それをなぞるように演じてもらわなきゃいけないんです。

だけど、その枠の中であれば自由度はあるんです。秒数は決まっているけど、その秒数さえ守ってもらえれば、僕が想定していたような感情や言い方じゃなくても成立する場合があります。怒った芝居が欲しかったけど、役者さんがすごく悲しそうに芝居してくれて、そっちの方が良いのであれば、それを採用することは多々あります。

――『すずめの戸締まり』ではいかがでしたか?

映画の前半はすずめと草太のコミカルなやり取りが多いのですが、菜乃華さんも北斗くんも僕の想像を超えた「こっちの言い方の方が面白いよね」という表現をたくさん出してくれました。例えば、フェリーが港に着いた時、椅子になった草太の<今までありがとう、すずめさん。ここでさよならだ。気を付けて帰りなさい>というセリフがあります。北斗くんがその<気を付けて帰りなさい>というセリフを、小学校の先生が下校時間の生徒に言うようなニュアンスで演じてくれて、それがすごく面白かったんですよね(笑)。「すごくいいセリフにしてくるな」と。そういうことがあちこちにあったような気がします。



アニメーション制作で特に試行錯誤した“3本足の椅子”


――「『すずめの戸締まり』Blu-rayコレクターズ・エディション」の特典ディスク2に収録されている、本作が完成するまでの約2年間の制作過程を追った「メイキングドキュメンタリー『すずめの戸締まり』を辿る」。アニメーションをつくる上でさまざまな挑戦をされていた印象を受けましたが、特に試行錯誤したことは?

最初の脚本や絵コンテの段階で「キャラクターは手描きで、ミミズだけ3DCGなんだ」と設計図を描いたので、アニメーション的な試行錯誤は絵コンテ以降はほとんどないんです。

アニメーションというのは実写映像とは異なり、設計図を一度描いたら設計図通りにつくっていかないとスケジュール通りに終わらないので、実写映像のようにいくつかの役者さんのお芝居を撮影して、その中から選ぶことができません。ただ唯一の例外が椅子でした。椅子に関しては、手描きにするか3DCGにするか、どっちでも置き換え可能なので、絵コンテの後によりふさわしい表現を求めて試行錯誤をしました。

――椅子は手描きでも3DCGでも表現が通用する、と。

最初は、3本足の椅子を手描きのアニメーションで描いていろんな動かし方を試したのですが、「どうもこれじゃないな」と思い、3DCGにしました。椅子の3DCGは、パッと見は手描きっぽく馴染んでいますが、実際はほとんど3DCGにしています。3DCGで正確な椅子のフォルムを保ったまま、バタバタ・カタカタ動かすという手法にしました。そこにたどり着くまでは、いろいろ試しましたね。



広い場所や遠い場所まで届くようなアニメーションを制作したい


――『すずめの戸締まり』に限らず、新海監督がアニメーションをつくる上で譲れない軸はありますか?

30代前半くらいまでは、自分が心から「つくりたい」と思っているもの、自分の深い部分が突き動かされるようなものをつくるべきだと思っていました。でも、最近はそうではなく、譲れない理想が根本にあってモノづくりをしているというより、観客という存在を大前提として、自分にできる限られた範囲で、今の時代にお客さんが見たいものが重なる部分をいかに探していくかが仕事だと考えています。だから、毎回新作に向き合うためにちょっとずつ条件が変わっていくんですよね。

――ご自身のつくりたいものから、観客の見たいものへ明確に意識が向いたのは、東宝と一緒にお仕事をされてからですか?

そうですね。『言の葉の庭』と『君の名は。』の2つが大きな自分の変化のタイミングだったような気がします。『言の葉の庭』も全国20数館なので今思えば規模はものすごく小さいのですが、当時の自分にとってはそれでもすごく大きく世界が広がったような経験でした。そんな中で次の『君の名は。』で300館くらいの規模で公開するという話になり、『言の葉の庭』から10倍以上になるわけですから、それはもう別次元のことでした。

なので、さっきも少し触れましたが、お客さんが感情移入してくれるような、引っかかってくれるフックをたくさん仕込んでいかなければいけないと、『君の名は。』のころから変わっていきました。それは僕自身が内発的に変わっていった部分もありますが、与えられた環境の変化によって「このスケールの観客に届けるなら、こういう映画にした方がいい」と変わっていったのだと思います。

――周囲が新海監督をアニメーション監督にしたことと同じなんですね。

そう思います。『君の名は。』が小さい規模での公開だったらまた違っていたかもしれないですね。当時は40歳くらいだったので、「ギリギリまだ転職ができる!」と思ったかもしれない(笑)。今はもうこの道以外は不可能なので、この道で頑張るしかないですけどね。

――そんな新海監督が、今後つくりたいアニメとは?

同じ仕事を20年ちょっと続けてきて、作品の届き方や、届く対象が変わるような作品をつくりたいと少しずつ思うようになってきています。

アニメーションが好きな観客に喜んで見てもらえる映画はもちろん大事ですが、それだけではなくアニメーションに興味がなくて見たことがない人、むしろ嫌いだという人にまで届く映画づくりができたら面白いのではないかな、と。今までとは少し違う広い場所や遠い場所まで届くようなアニメーション映画づくりをしていきたいと思っています。



より『すずめの戸締まり』が深まるコレクターズ・エディション


23年9月20日に発売された「『すずめの戸締まり』Blu-rayコレクターズ・エディション」に封入されている3枚の特典ディスクには、今回のインタビューがより深まる映像が収録されています。

特典ディスク1には、主演の2人が本編を観ながら語り尽くす「ビジュアルコメンタリー」が収録。物語の裏話やアフレコ秘話などが満載です。過去作品とリンクしている箇所についても言及しています。また新海監督が声を当てたビデオコンテも収録。

そして、特典ディスク2には、本作の約2年間の制作過程を追った「メイキングドキュメンタリー『すずめの戸締まり』を辿る」が収録。本インタビューでも語られた椅子の裏話や、椅子の2Dアニメーションなど、貴重な映像を見ることができます。また、「新海誠を書き換えた3.11-あの日から『すずめの戸締まり』への旅 新海誠×膳場貴子対談-」では、新海監督の東日本大震災への思いも語られています。

特典ディスク3は「イベント記録映像集」となっており、新海監督が『すずめの戸締まり』と回った日本各地でのイベントだけではなく、ベルリン国際映画祭の様子も収録されています。その地でしか語られていない設定やキャラクター同士の関係性なども見ることができるので、本作を深く知りたい方にはたまらない内容です。



今紹介した内容以外にも、本編未使用の草太から鈴芽への「ただいま」音声が収録されたラストシーン「ラストシーン『ただいま』バージョン」やプロモーション映像集、劇中歌を担当したRADWIMPSの野田洋次郎さんと映画音楽作曲家の陣内一真さんとの対談、映画公開記念特番など、特典映像が盛りだくさん。

特典ディスクのほかにも、キャスト&スタッフインタビューと新海監督が初めて手掛けた絵本『すずめといす』を収録した充実の「ブックレット」をはじめ、アフレコ台本の縮刷、新海監督の予想を上回る大人気のキャラクターとなった芹澤の小説「小説 すずめの戸締まり~芹澤のものがたり~」を含めた入場者プレゼントの別冊小説、描き下ろし線画クリアシールなども封入。

映像だけではなく読み物で物語を深めたい人、タイミングが合わず入場者プレゼントを手に入れられなかった人などなど、さまざまな人たちの要望に対して、かゆいところに手が届きすぎている「『すずめの戸締まり』Blu-rayコレクターズ・エディション」をぜひチェックしてみてください。

<作品情報>
すずめの戸締まり
★Blu-ray & DVD発売中

<価格>
・「すずめの戸締まり」Blu-rayコレクターズ・エディション4K Ultra HD Blu-ray同梱5枚組(初回生産限定)
(本編ディスク2枚+特典ディスク3枚/アウターケース付/描き下ろし3面デジパック)14,300円(税抜価格13,000円)

・「すずめの戸締まり」Blu-rayスタンダード・エディション5,500円(税抜価格 5,000円)

・「すずめの戸締まり」DVDスタンダード・エディション 4,400円(税抜価格 4,000円)

<発売元> STORY inc./コミックス・ウェーブ・フィルム  

<販売元>東宝

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会




『すずめの戸締まり』DVDスタンダード・エディション [DVD]
¥3,400
(価格・在庫状況は記事公開時点のものです)
《阿部裕華》
【注目の記事】[PR]

編集部おすすめのニュース

特集