風に乗って空を飛ぶ航空機・グライダーに青春を懸ける大学生たちの姿を描く映画『ブルーサーマル』が2022年3月4日(金)に公開。編集部では、本作を制作するテレコム・アニメーションフィルムに潜入し、アニメーションができるまでの工程に探っている。連載第五回となる今回は、美術ボードチェックと総作画監督の作業の様子に密着した。
「美術のチェック」って具体的にどんなことを話し合っているの? 総作画監督っていったい何を見ているの? 意外と知らない現場のリアルを覗いてみよう。
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作業工程のおさらい。今回は美術監督チェック(美術ボードチェック)と原画・動画間の演出・作画監督チェックについて紹介【画像クリックでフォトギャラリーへ】
密なやり取りを重ね制作される「美術ボード」
前回の記事では、背景美術の土台となる「3Dレイアウト」を紹介した。作中に登場する場所の3Dモデルを制作し、各シーンのレイアウトを決めるという工程だ。美術スタッフは3Dレイアウトをベースとして背景を描いていくわけだが、そのまま一気に全作業を進めるというわけではない。一つのシーンでも複数人の美術スタッフで作業するため、まずは作業者全員とっての指針となる「美術ボード」が作成される。
美術ボードとは、そのシーンの背景がどういう季節でどんな時間帯なのか、建物や地面、家具の素材はどういったものなのかなどの情報がわかるように作られた、背景の見本図のこと。監督や演出陣の演出意図も反映されたものであり、その情報に基づいて各スタッフはそれぞれに背景を描いていくのだ。では、「背景美術に対する演出」とは具体的にどんな工程なのか。美術ボードチェックの現場に潜入して調査してみた。
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美術ボードチェックの様子。チェック中の美術ボードは見本図でありつつ、本編内でもそのまま使用される。それを「本番ボード」と言う
作品によってはメールでのやり取りをする場合もあるが、『ブルーサーマル』の現場では意見を交換しながら行うために美術監督の山子泰弘さんの机を囲むようにして美術ボードチェックが行われる。
参加者は、橘正紀監督や該当パートの演出家など。美術スタッフが仕上げた美術ボードを見ながら橘監督や演出陣が意見を述べ、その場で山子さんがそれらの意見をボードに反映させていくという流れだ。この日は主人公・都留たまきの幼少期の部屋や、たまきが先輩の空地大介と一緒に見る雲海などのボードのチェックがなされていた。
山子さんがPC画面に表示したたまきの部屋ボードに対して、橘監督は「このシーンでは、たまきと(たまきの姉の矢野)ちづるとを対比的に見せたいので、たまきの部屋は暖かいトーンでまとめたいです。本棚の色は青系よりも暖色系にするのはどうでしょう」などと考えを提示。山子さんはその場で色を変えて見せ、橘監督の思い描くイメージをボードの中に落とし込んでいく。本棚をメタリックな印象の青系からぬくもりを感じる暖色にしたことによって、画面全体がより柔らかな印象に変化した。このように、画面の細部に描かれた棚の色や質感ひとつとっても、演出的な狙いがしっかりと込められているのだ。
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本棚の色に注目。色ひとつを変えるだけでキャラクターやシーンの印象が変わることもある。最終的にどのような色に仕上がったのかは本編でチェック!
また、雲海のシーンでは雲の厚みや質感について、橘監督と山子さんが意見を交わし合っていた。雲が薄いとあまり雲海っぽく見えないが、雲が厚すぎると今度は雲の下の街が見えなくなりムードが薄れてしまう。このシーンにもっともふさわしい雲の量を相談しながら、その絶妙なバランスを探っていく。こうして密なやり取りを重ねることで、演出意図を的確に汲んだ美術ボードが完成。それが背景美術全体のクオリティ向上につながっているのだ。
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雲の濃さでもシーンの印象は変わる
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実際の雲海シーン。美しい背景を作るために何人もの作業者が力と知恵を出し合っている
映画『ブルーサーマル』では、キャラクターたちが織り成す青春物語はもちろん、テレコム・アニメーションの技術と各スタッフのこだわりが詰まった背景美術にもぜひ注目してほしい。
作品全体の作画を統括する「総作画監督」
ここまで背景美術に注目してきたが、続いてはキャラクターの作画作業にスポットを当ててみよう。
背景美術における「美術ボード」のように、作業者全員の指針になる見本図が、各キャラクターの立ち姿やいろんな表情を一覧にした「キャラクターデザイン」だ。
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都留たまき
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都留たまき表情集
しかし、背景美術についての説明でも「たくさんの作業者が関わって作っていくアニメーションでは、整合性を保つのは非常に難しい」ということを述べたが、作画でもそれは同様。こと映画となれば膨大な人数の原画マンが参加するので、表情や顔立ちにどうしても描き手の個性が乗ってしまう。その統一を図るのが「総作画監督(総作監)」である。
作画監督(作監)はTVシリーズなら各話、映画なら各パートの作画を統括する存在だが、総作画監督とは作品全体の作画を統括する役割のこと。3Dレイアウトをもとにそれぞれの原画マンが描いたレイアウト(ラフ)について、表情や仕草がキャラクターデザインに沿っているか、そのシーンに合っているかなどを確認し、監督や演出家の意図を拾いながら修正の指示を入れていく。TVシリーズなどの場合は、総作画監督は作中の特に重要なカットを数カットだけをチェックすることも多いのだが、『ブルーサーマル』ではキャラクターデザイン・総作画監督の谷野美穂さんがほとんどのカットを見ているという。
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総作画監督としての作業を行う谷野美穂さん
写真は総作監作業を行う谷野さん。カラフルなレイアウト用紙が何枚も重なっているが、これは、緑色が橘監督の修正、黄色が作画監督の修正、そしてピンクが総作画監督の修正というように誰からの指示かが分かるように色分けがされているのだという。作業しているのは、先輩の倉持と共に霧ケ峰の山を飛んだ直後にたまきが笑顔を見せるシーンだ。
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レイアウト用紙が何枚も重なっている
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線一本の修正指示でも仕上がりの見え方は変わるという
「このシーンのたまきは、興奮しすぎて疲弊に気づいていない、テンションMAXの状態です。大事なシーンなのでキャラ表に合っているかという点だけでなく、感情の部分で橘監督の指示をより拾う感じで修正を入れています」と修正の意図について教えてくれた。
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谷野さんの作業机
机に並ぶ仕事道具は鉛筆や消しゴムなど。作品によってはデジタルで作業を行うこともあるが、『ブルーサーマル』の場合は橘監督の修正が手描きであることから、谷野さんもアナログで作業をしているとのこと。消しゴムがたくさんあるのは、消す範囲や強弱によって使い分けているからだという。
こうして総作画監督や作画監督らが入れた修正をもとに、原画担当が原画を作成。それを再び作画監督と演出家がチェックしたのち、動画担当へと渡り、キャラクターに動きがつけられていく。
次回の記事では、そんな谷野さんへインタビューを敢行! 総作画監督の仕事についてもう少し詳しく教えてもらうほか、キャラクターデザインの仕事についてのほか、谷野さんがアニメ業界を目指したきっかけについても話を聞いた。
連載「第六回:キャラクターデザイン」谷野美穂さんインタビューを読む連載「第四回:スタジオ潜入(2)」3Dレイアウト作業について知る
連載「第三回:スタジオ潜入」テレコム・アニメーションの仕事場を見る
連載「第二回:アフレコ」アフレコ現場潜入レポートを読む
連載「第一回:立ち上げ」プロデューサー対談を読む
テレコム・アニメーションフィルムの美術の魅力に迫った記事を読む
執筆/後藤悠里奈
アニメ映画『ブルーサーマル』
2022年3月4日(金)全国公開
出演:堀田真由 島﨑信長 榎木淳弥 小松未可子 小野大輔
白石晴香 大地葉 村瀬歩 古川慎 高橋李依 八代拓 河西健吾 寺田農
原作:小沢かな『ブルーサーマル ―青凪大学体育会航空部―』(新潮社バンチコミックス刊)
監督:橘正紀 脚本:橘正紀 高橋ナツコ
アニメーション制作:テレコム・アニメーションフィルム
製作:「ブルーサーマル」製作委員会
配給:東映
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(C)2022「ブルーサーマル」製作委員会