■「インクルージョン」というテーマを雨で表現
――丸井グループさんが提示した「インクルージョン」というテーマをどのように作品に落とし込もうと?
武井
正直なところ、最初は「このテーマ、どう理解したらいいんだろう……」と難しさを感じていました。
でも、丸井さんから「インクルージョンは、簡単にいうと誰も置き去りにしないことです」という噛み砕かれたご説明を伺って、だったらそれを身近な題材に置き換えて描ければいいのかなと。
そこから石井監督と僕と和氣さんで企画案をいくつか出し合って、お話を考えていきました。
結局、雨に関しては和氣さんから出てきたんですよね?
和氣
雨モチーフというのは、自分からのアイデアだったと思います。
武井
テーマとの結びつきだけでなく、雨の表現に和氣さんが挑戦されたがっていた部分もありましたよね。
――雨の表現にオレンジの強みも活かせると考えられていたのですね。
和氣
アニメにおける雨って、フォーマットのように思える表現って幾つもあるようには見えるんですが、今のオレンジならばもっとできることがあるんじゃないかな、と考えていたんです。
ただ、当初の気持ちとしては「オレンジの技術を活かせる、かもしれない……」くらいでしたね。それまで、雨の表現自体はやっていたのですが、それを見せる事に最大限集中する、みたいな作り方はしていなかったので。
――雨そのものへの思い入れもあったのでしょうか?
和氣
僕は子どもの頃から、天気の変化というものが好きなんです。
そもそも水が空から降ってくるなんてすごいことだぞ、と思っていて。
でも、大抵の大人は雨の日って「濡れるから嫌だ」とか憂鬱という考え方ですよね。
子どもの頃は、水たまりで思わず泳ぎたくなったり、どこかワクワク感があったと思うんですが。
そういった大人が今回の映像を観て、子どもの頃に置き去りにしていた気持ちを思い出したりして、今まで嫌いだった雨の見え方が変わったりすれば、それもインクルージョンと言えるかなと。
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――石井監督をふくめた3人での話し合いはどのように進められていたのでしょう。
武井
コンペのときの丸井さんの企画書から重要と感じたワードを抜き出していって、それを元に解釈を膨らませていきました。
暗い冒頭から明るいラストカットへの変化を描くお話になるのかな、というのは初期の段階でぼんやりと決まっていた気がしますね。
で、固まった内容を丸井さんに去年の8月半ばにプレゼンして、お返事もすぐにいただけた記憶があります。
――配信開始が翌年の3月6日と考えると、なかなかタイトなスケジュールですね。
武井
「何が大変でしたか?」ってたまに聞かれるんですけれど、単純に時間がなかったことが大変でした(笑)。時間が少ない中で企画を考えて、全てが急ぎでしたね。
■同じスタッフで映画が作れるような企画にしたい!
――企業PVというとテーマのわかりやすさを重視した内容の作品がある中、『そばへ』は観た人に解釈を委ねる内容で、PVというよりショートムービー然としている印象を受けました。
石井監督の感性によるものも大きいとは思いますが、映画好きなおふたりの好みも反映された内容になっているのかなと。
武井
コンペにあたり、丸井さんとしても単純な企業PRの映像ではなく、映画館にかかっても観てもらえるようなクオリティの作品を作ってほしいというオーダーだったので、そこに応えたという側面もありますね。
もちろん、おっしゃる通り我々も映画が好きですし、そもそも東宝は映画会社というのもありますし、企画打ち合わせやスタッフィングで、「このまま同じスタッフで映画が作れるような企画、座組にしたいね!」と話はしていました。
なので観た方々にもそう感じていただければ嬉しいです。
実際集まったスタッフの方々も「短編のためにこんなメンバーが……!」という贅沢さですし、そもそも短編でコンセプトアートから作り込んでいく形態というのも、日本ではなかなか贅沢なことですからね。
――石井監督は制作にあたり、企業PVという言葉から想像していたよりも縛りが少なく、驚いたとおっしゃられていたのですが、そんな中でおふたりからオーダーされた部分はありましたか?
和氣
3DCGで作るにあたって、一番気をつけなきゃいけないことは、モデリングするキャラクターの数なんです。
なので、描くべき対象物は少なくしてほしいと最初からお願いしていました。あとは総尺くらいです。
武井
言われてみると、確かに縛りは少なかったです。
あ、でも、最初カット数についてやりとりしていましたよね。監督が「そんなに少ないんですか!?」と言っていたのを覚えています。
――それはスケジュールの兼ね合いもあったのでしょうか?
和氣
スケジュールというより、作画のアニメと3DCGアニメの違いですね。作画のアニメはカットを刻んでテンポ良く編集していく流れが主流なんですが、3DCGは1カットの中で多くのアクションを入れる事ができるので、尺をゆったり目にとっても絵がもつんですよね。
そういった意味でカット数が少ないほうが良いと提案していたんですが、論争の末、結果的に今の形に落ち着きました(笑)。
――特に手応えを感じられた瞬間は?
武井
牛尾憲輔さんの音楽が上がったときです。
そもそも、今回はショートムービーということで、シンプルに洗練された音楽でバシッとコンセプトを表せる方が良いと思い、『リズと青い鳥』や『聲の形』などでコンセプチュアルな楽曲を作っていた牛尾さんに音楽をお願いしました。
ミュージックビデオじゃないですが、音楽が立つ作品になるといいなと思っていたので、仕上がりを観たときは狙い通りに行ったと手応えを感じて、とても嬉しかったです。
――牛尾さんの楽曲は、幻想的な雰囲気も感じさせつつ耳に残るものでしたね。
武井
最初に「雨を音で表現するとしたらどうなるでしょう?」とお題を投げて、それに応えていただいた形です。
環境音っぽくもあり、メロディ展開もあるという。変化が大事になる作品だったので、音楽に関してもそういった物語性を持つ曲を上げていただきました。
音楽に福原さんの声を入れることも提案したら、その場でもうイメージが浮かんだようで、歌い出されたりするんですよ。打ち合わせ自体が楽しかったですね。
――和氣さんはどこで手応えを感じられましたか?
和氣
先ほどお話したように、今回は雨の表現を頑張ろうと思っていたのですが、それ以外にやってみて楽しかったのが、妖精の着ているポンチョの動きにクロスシミュレーションを取り入れたことです。
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和氣
「Marvelous Designer」というツールを使用したんですが、想像以上に綺麗に動かすことができましたし、今までやっていた表現のひとつ先のことができたのは、上がってきた画を見て嬉しかったところですね。
――確かに、モーションキャプチャーも相まって、妖精の動きや彼女が着るポンチョの表現は、2Dではあまり見ることのない表現になっていましたね。
和氣
雨もそうなんですが、透けているポンチョを動かすのも、作画だと難しい表現なんですよ。CGの強みを活かせたのではないかと思います。
――雨の表現といえば、配信当日の記者会見で雨がフォトリアルな表現からセルルックな表現へと落とし込まれていく過程が資料映像で紹介されていて、それをあの場で発表すること自体にも熱量の高さを感じましたね。
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和氣
セルルックなアニメを作るときって、既にデフォルメされている作画アニメの表現をそのまま模倣しちゃうと、デフォルメのデフォルメになって、違和感が出てしまいがちなんです。
なので、実写をまずCGに落とし込み、そこから引き算して完成形の表現へと落とし込んでいく考え方をしています。
「よりリアルにやったらこうなるけど、アニメならこういうデフォルメをさせるよね」と段階を踏んでいくのが一番いいですね。
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