アニメ産業の次なる課題、それは“製作”と“制作”の距離 【藤津亮太のアニメの門V 第42回】 | アニメ!アニメ!

アニメ産業の次なる課題、それは“製作”と“制作”の距離 【藤津亮太のアニメの門V 第42回】

アニメ評論家・藤津亮太の連載「アニメの門V」。第42回目は、『アニメ産業レポート2018』からアニメビジネスにおける「製作」と「制作」の間にある距離を考える。

連載 藤津亮太のアニメの門V
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2018年12月に『アニメ産業レポート2018』が発表された。
これは日本動画協会が、会員である制作会社へのアンケートや各種のデータなどを集計し、2017年のアニメ産業の概要を描き出したものだ。このレポートは2009年から出版され、今回で第10号となる。

今回のレポートを読んで、改めて考えてしまったのは「製作」と「制作」の間にある距離、それと「アニメを作るビジネス」と「アニメ(のキャラクター等)を活用するビジネス」の距離だった。
その2つの距離については、最後に考えるとして、まずは同レポートの概要をおさらいしたいと思う。

同レポートを読む時にまず抑えておきたい基本の数字は3つある。
それは「TVアニメタイトル数」「劇場アニメタイトル数」「アニメ業界市場(狭義のアニメ市場)」だ。この3つの数字が「どれだけアニメが作られて」「どれだけアニメ業界が売り上げたのか」の目安となる。

2017年のTVアニメタイトル数は、340タイトル(うち110タイトルが前年からの継続作品。残り230タイトルが2017年の新作)。これは2016年の356タイトルより微減しており、2015年の341タイトルとほぼ同じ水準。
なお2013年に年間250タイトルを超えて以来、過去最高水準のタイトル数で推移しているという現状には大きな変化はない。

一方、劇場アニメタイトル数は84タイトル。2015年の86タイトル、2016年の81タイトルに続いて3年連続で80タイトル越えと、こちらも過去最高水準を保っている。

そして「アニメ業界市場(狭義のアニメ市場)」は2444億円を記録した。これはアニメの製作・制作に携わる企業の売上を集計した数字で、2016年の2296億円を上回り過去最高の売上を記録している。

以上のような数字だけ見れば「活況」を呈しているといえる状況だ。
だが実際には「活況」というより、企画数がバブル的に膨れ上がって制作が追いついていないというのが実情といえる。
調査の自由回答欄への回答を見ると、制作単価の上昇、スタッフの拘束料の増加といったコメントもあり、売上が上がるだけでなく、制作費用そのものが増えているということがうかがえる。
また取材では3DCGの制作費も上がっているという話を聞いたことがあり、スタッフ不足の状況が、ギャランティの上昇圧力になっている現状がうかがえる。

基本の3つの数字以外で注目したのはふたつ。
ひとつは、エンドユーザーがアニメの配信に対して支払った金額が540億円(前年比13%増)に達したこと。劇場アニメの興行収入の合計が410億円なので、それを上回ったということになる。

ビデオグラムの売上は764億円(前年比2.9%減)で、10年前は桁が違う(1000億強と100億強)ほど差があったビデオグラムと配信の売上の差が、いよいよ詰まってきたことがわかる。
先述のアニメ業界市場を見ても、配信の売り上げとして136億円(前年比13%増)になっており、エンドユーザーの伸びが製作・制作会社の売上に反映していることがわかる。

もうひとつは海外市場の存在感の大きさ。海外への番組の販売などの売上の総計は、9948億円(前年29.6%増)。
ユーザーがアニメやアニメ関連のものに支払った金額を総計した「アニメ産業市場」の数字が、2兆1527億円(前年比8%増)だから、そのうち海外市場が半分弱を占めていることになる。
では地域別にどの地域と多く契約しているのかを見てみると、アジアが40.2%、ヨーロッパが24.5%、北米が20.9%となっている。

同レポートでは、こうした海外市場の存在の大きさの背景にあるものとして「1)中国市場の継続的な成長、2)OTT(引用者注:over the topの略で既存インフラに頼らないインターネット配信のこと)系=多国籍配信プラットフォーム事業者の台頭、3)ゲームアプリなど高収益モデルへの展開」の3つが挙げられている。

ただし筆頭にあげられた中国市場の継続的な成長の行き先が不透明になったのが2017年、2018年の状況だった。特に2018年秋に発表された中国のコンテンツ規制の内容はインパクトが大きい。

ネット配信もこれまで登録制から放送と同様の許可制になり、そのためには事前に当局に字幕付きで全話を見せないとならないという。
これでは日本の放送・配信展開と同時並行で展開するのは難しい。しかも全話見せたからといって配信が認可されたわけではなく、不許可になる場合も考えられる。

さらに「外国作品は配信総量の30%まで(時間なのかタイトル数なのかは不明)」という総量規制もかけられたという。これによって中国の配信業者への作品販売は大きな影響を受けることは確実とみられている。

ここ数年の過剰な企画量は、こうした中国に代表される海外の配信業者への売上が好調を背景に、さまざまな企画が立てられてきたという側面がある。
だから、海外売上の伸びが悪くなれば、この“企画バブル”の状態も落ち着く可能性はある。
ただ、その時は現在の企画量に対応しようとしてきた制作側が、その規模を縮小せざるを得なくなるわけで、製作側も含めて、“企画バブル”の終わりがこれがソフトランディングになるのかハードランディングになるのかは大きな問題だ。

ここにあるのが先述の製作と制作の距離で、特に制作側に注目すれば、受注産業故に製作側の動向に大きく左右されることになってしまう。
しかも、現状の予算は求められるクオリティを達成し、スタッフに十分いきわたらせるためには足りない――という現状はさまざまなところで指摘されている通り。

また先述したエンドユーザーがアニメやアニメ関連の事物に支払ったものの「アニメ産業市場」の合計が2兆1527億円あるということは、アニメ産業そのものよりも「アニメのキャラクターを使ってビジネスをする産業」のほうが10倍大きい市場を持っているということだ。
もちろん制作会社も保有する権利に応じて、この「アニメ産業市場」からのリターンを得ているわけだが、この“10倍の距離”もまたなかなか広い。

ここから考えると、制作会社が受注産業から脱皮するには「製作」に積極的にコミットして、キャラクタービジネスに主体的に取り組んでいくという――これは多くの社員を抱えるスタジオジブリや京都アニメーションなどが選んだ道に近い――が、やはり得られる利益を最大化する方法のひとつということが浮かんでくる。

こうしたふたつの“距離”を埋めるには、どんな未来がありうるのか。
極論だが、ビデオが売れなくなった時代のビデオメーカーの幹事のノウハウや広報・宣伝の機能を制作会社側が取り込むということはありえるだろうか。
あるいは制作会社が、いっそ映像制作機能を縮小して「キャラクター(と世界観)を創出する企業」という“原作者”へのシフトする道を選ぶとか、そういう可能性はないものだろうか。
アニメ産業レポートの数字の中に潜む“ふたつの距離”を意識すると、明暗が入り混じったさまざまな未来を考えざるをえなくなる。


[藤津 亮太(ふじつ・りょうた)]1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』がある。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」(http://ch.nicovideo.jp/animenomon)で生配信を行っている。
《藤津亮太》
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