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■ 動画机はトヨタ式―作業空間とカオスのあいだにアイデアの種がある
アニメーターの机はカオス(混沌)である。とはいえ、仕事が一区切りつくと片づける人も多い。以前、「アニメーターの机はキレイではない」というコラムを書いたところ、担当編集者が「アニメーターの机は、仕事道具と食べかすがごっちゃになった不衛生な机」と思い込んでしまったため、わざわざスタジオを見学してもらったことがあるが、一般の人が想像するほど机は汚くない。
しかし、プロジェクト途中には机にモノが散乱する。資料は山積みになり、ラフスケッチが机のあちこちに張られ、鉛筆や定規はすぐ使えるようにわざとバラバラに置いてある。
パッと見ると、アニメーターの机は整理整頓からはほど遠いが、意外に作業スペースはキレイである。動画机の天板には37 cm×55cmのガラス板がハメこんであり、下から蛍光灯(現在はLEDもある)をあてて、下描きを透かして原画を清書したり、デザインの調整をする。このガラス面に置くのは基本的に、「今、描いているモノだけ」だ。
雑誌「PRESIDENT」(2013.9.16号)にトヨタ式仕事のコツとして、「机にビニールテープで作業スペースを確保すると、作業効率が高まる」という片づけ術が紹介されていたが、動画机にはテープを貼らずとも、ガラス板という「作業スペース」がある。
とはいえ、アニメ制作は効率を優先してばかりでも成り立たない。新しいアイデアをひねり出すためには、一見無関係なものが同居しているカオスも必要である。
ノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんも、『益川流「のりしろ」思考』のなかで、「これとこれは普段は結びつかないんだけれど、試しに結びつけてみようかな」と思いつくことが研究でも大事なのだと言っていたが、アイデア創出のためには「ノイズ」ともいえる無駄な情報が多いほうがいい。ただのカオスだと思っていたモノ同士が、突然、つながる瞬間がある。机まわりのカオスにも役割があるのだ。
制作に集中するための「作業スペース」と、カオスを包容する「机まわり」をあわせもった動画机は、実はアニメーターにとっては優秀なインキュベーター、孵卵器である。40年の歴史を持つ動画机はよくできた机である。