16年ぶり復活…伝説の萌えソングユニット「UNDER17」がオタク文化に残した功績 桃井はるこ【インタビュー】 4ページ目 | アニメ!アニメ!

16年ぶり復活…伝説の萌えソングユニット「UNDER17」がオタク文化に残した功績 桃井はるこ【インタビュー】

2002年から2004年までの、わずか2年間の活動期間にも関わらず、今なおオタクの間やエンタメ業界で語り継がれる存在「UNDER17」。声優でシンガーソングライターの桃井はるこさんに、「電波ソング」というジャンルを確立させた当時を振り返っていただいた。

インタビュー
16年ぶり復活…伝説の萌えソングユニット「UNDER17」がオタク文化に残した功績 桃井はるこ【インタビュー】
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■UNDER17解散。そして伝説へ……


2002年2月に結成されたUNDER17は、その2年後、2004年11月に横浜BLITZで開催された「FIRST LIVE TOUR FINAL そして伝説へ」で解散した。

そのツアーでは初日に桃井さんが倒れ、喉が枯れた状態で公演を行うなど、もはやUNDER17を続けていくことが困難だと思い知らされる場面もあった。

そして運命の11月20日、横浜。
会場には解散を惜しむファンが大勢駆けつけた。

「フロアのドアが閉まらないほど大勢の方に来ていただきました。モニターしか見えなかったという人もいたんです。
解散はもちろん、ストレスを感じさせてしまい申し訳なさしかありませんでしたね……。

今でも覚えてますよ。歌っている間、多くの人がずっと泣いていました……。
でも正直、あの頃は心身ともに限界でした。もうUNDER17をやめないと先が見えない……そんな状況にまでなってしまって……。

もしかしたら休止という選択肢もあったかもしれません。
でも当時は忙しすぎて、本当に追い詰められていたんです」

桃井さんは「あの場に来たいと思ってもらえたことが嬉しかった」と寂しそうに語りつつ、しかし解散に悔いはないと語ってくれた。
こぼれる「申し訳ない」の言葉で、取材の場となった会議室が埋まっていく。

「それに、ジャンルがまったくないところから始めたのに、『UNDER17の音楽ってこうだよね』とイメージが固定されはじめたのも悩みの原因でした。いつでも一曲一曲、すごくがんばって作っていますから、流れ作業になるのが嫌だったんです」

萌えソング自体、UNDER17でできることがなくなり、結果、当時まだ20代ということもあって「感性が若いうちに色々な人とコラボしたい」「色々なジャンルの音楽もやりたい」と思うようになった桃井さん。
UNDER17をはじめたのは、もともと「未知の領域を覗きたい」という持ち前の好奇心からだった。

それはさながら大宇宙を探査し続けるU.S.S.エンタープライズ号だ。
カーク船長とスポックのコンビを中心として未知なる宙域を進み、つねに新たなフロンティアを目指す。目の前にあるのは好奇心だけ。

放たれた矢は決して止まらない……。

最近の桃井さんのソロ曲『星空ダンシング』。(作曲・作詞:桃井はるこ)




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《気賀沢昌志》
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