「FGO」アナスタシアはなぜ英霊となったのか? 史実から考察してみた【ネタバレ有】 | アニメ!アニメ!

「FGO」アナスタシアはなぜ英霊となったのか? 史実から考察してみた【ネタバレ有】

4月4日よりiOS/Androidアプリ『Fate/Grand Order』では待望の第二部第1章「Lostbelt No.1 永久凍土帝国 アナスタシア 獣国の皇女」がスタートしました。

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『FGO』アナスタシアはなぜ英霊となったのか?史実から考える【ネタバレ有】
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※本編のネタバレにご注意ください。
※本記事はあくまで当編集部による考察に過ぎません。

4月4日よりiOS/Androidアプリ『Fate/Grand Order』では待望の第二部第1章「Lostbelt No.1 永久凍土帝国 アナスタシア 獣国の皇女」がスタートしました。2018年1月に、カルデア壊滅という衝撃の展開が描かれてから三ヶ月。この日を待ちかねたというファンも多いはずです。


序章の後、CMなどで次々と二部を彩る新マスターとサーヴァントたちが紹介されていますが、中でも気になるのが、冷気を伴いカルデアを襲撃し、数多の職員もろとも壊滅に追いやったサーヴァント、アナスタシア。彼女の本名は、アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァであることが、“AnimeJapan 2018”で明かされました。


さてアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァと言えば、帝政ロシア最後の皇帝、ニコライ二世の四女にして、ロシア革命にて命を落としたとされる人物です。この記事ではわずか17歳にてその命を散らした彼女が、いつ生まれ、どのように生きて死んでいったのか。そして彼女の死後に巻き起こった、アナスタシアという名を元に沸き起こった騒動について、簡単に書かせてもらおうと思います。何故、彼女は英霊となりうる資格を得たのでしょうか?

ロシア帝国最後の皇女、アナスタシア
皇女アナスタシアは1901年に、父親であるニコライ二世と母親であるアレクサンドラ・フョードロヴナ皇后の間の四女として生まれました。なお、ニコライ二世は訪日中に警察官に斬りかかられ負傷するという、世に言う大津事件の被害者です。

ニコライ二世。カメラを趣味にしており、多くの家族写真を残した。(写真はwikipediaより)
それはさておき、幼い頃のアナスタシアは、上の3人の姉、オリガ、タチアナ、マリアと仲がよく、ほとんど一緒に行動しておりました。特にすぐ上の姉、マリアとは寝室を一緒に使うほど仲が良かったそうです。四女ということもあり、あまり注目を浴びる存在ではなかったようですが、アナスタシアの幼馴染は「いつも元気がありあまっていて。じっとしているのが嫌い」な少女だったと証言しています。

1914年ごろのアナスタシア(写真はwikipediaより)
そんなアナスタシアにはアレクセイという名の3つ下の弟がいました。革命さえ起こらず、無事に成人していれば、将来ロシア皇帝を継ぐはずだった人物です。アナスタシアはアレクセイとはとても仲がよく、言葉を交わさずとも意思疎通ができたと言われています。

ところがアレクセイは、生まれながらに血友病という難病に侵されていました。ほんのわずかな傷が大量出血を引き起こし、内出血による腫れのために激痛に苦しむ息子の姿にたまりかねた母親がすがったのは、オカルトと神秘思想でした。

怪僧ラスプーチンとロシア革命
ラスプーチンがどのようにアレクセイを治療したのかは謎とされている(写真はwikipediaより)

1907年、アレクセイの出血が止まらないという事件が起きました。そのときアレクセイの出血を止め、皇帝夫妻、特に皇后の信頼を勝ち得たのが、かつて一介の農夫でありながら、後にロシア帝国を牛耳るほどの権力を握った怪僧ラスプーチンです。この事件をきっかけに宮廷に入りこんだラスプーチンは続々と信奉者を増やし、1916年に暗殺される直前まで、皇帝夫婦に対する影響力を保ち続けました。アナスタシアもラスプーチンと交流を持っており、「親愛なる、大切な、唯一の友人」と書いた手紙を送っています。またアナスタシアはラスプーチンの葬儀にも参列しています。

ラスプーチンの死後ほどない1917年2月23日に二月革命が勃発。3月2日にはニコライ二世が退位を迫られ、弟に譲位しようとしましたが辞退され、皇帝を失ったロシア・ロマノフ王朝は304年の歴史に幕を閉じました。

王朝の消滅後、ロシアで主導権を握ったのは、ウラジーミル・レーニン率いる左派の一派、ポリシェビキです。ポリシェビキはアナスタシアたち元皇帝一家を捕縛し、シベリアのトボリスクという土地に送って監禁しました。この地での生活はアナスタシアにとって不安にさいなまれるものだったようで、友人に送った手紙には「さようなら」「わたしたちのことを忘れないでください」としたためられていました。1918年5月には家族と共にエカテリンブルグへと移動。ここで彼女は最期の時を迎えることとなりました。

トボリスクからエカテリンブルクへ向かう途中のアナスタシア。これが彼女が写っている最後の写真とされている。(写真はwikipediaより)
彼女の不安が的中したのは1918年7月16日の夜でした。反ポリシェビキ勢力がエカテリンブルグに迫る中、ポリシェビキはロマノフ家の人間の身柄が反ポリシェビキ勢力の手に落ち、ロシア人民を引きつけるシンボルとなりうる可能性を憂慮していたのです。

様々な思惑と混乱が入り乱れる中、アナスタシアは家族たちと共に兵士に殺害されました。享年17歳。運命に翻弄され、あえない最期を遂げた恨みが、『FGO』にて彼女がサーヴァントと化した理由の1つにあるかもしれません。。

アナスタシア生存伝説
とはいえなぜ、共に殺された他の姉妹や弟のアレクセイではなく、アナスタシアが有名になったのか。その大きな理由が、「アナスタシアは実は生き延びていた」という伝説です。
ロシア帝国崩壊後、皇帝一家に同情的な兵士によりひそかにアナスタシアが逃がされたという噂が広まりました。また、殺害命令を下したレーニン自身が「殺害したのは皇帝のみで、家族は安全な場所にいる」という嘘の公式発表をしたことも、より生存説に信ぴょう性を与えました。

その後、多くの人物が、自分こそが生き延びたアナスタシアであると名乗りをあげましたが、中でも最も有名なのがアンナ・アンダーソンです。

彼女こそが本物のアナスタシアであると信じる人間も多かった。(写真はwikipediaより)

アンナはロマノフ家の莫大な遺産を求め、訴訟を起こします。最終的には却下されましたが、1984年に死去するまで、自らをアナスタシアだと主張し続けました。
なお、1997年にアナスタシアの親族とアンナのDNA鑑定が行われ、アンナが偽物であることは証明されています。

しかしながら、偽物の存在こそがアナスタシアへの興味を湧きたたせ、彼女の存在を人々が知りうる契機となったことも確かです。彼女を題材にした映画も作られ、人気を博しました。アナスタシア関連の書籍も毎年のように出版されています。こうして高まった知名度こそが、アナスタシアが英霊として座の一角を占める最大の理由ではないでしょうか。『FGO』も彼女の伝説に力を与える存在の1つに加わったと言えるのかもしれません。

なお、アナスタシアの召喚は4月18日の12:59まで可能となっています。悲劇の皇女を自陣営に加えたいマスターは、ぜひ挑戦してみましょう。



参考文献:新人物往来社 別冊歴史読本(第28巻37号)「皇女アナスタシアとロマノフ王朝」
(C)TYPE-MOON / FGO PROJECT

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《早川清一朗》
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