「ロング・ウェイ・ノース」物語のキーワードは“封印を解く”【藤津亮太のアニメの門V 第50回】 2ページ目 | アニメ!アニメ!

「ロング・ウェイ・ノース」物語のキーワードは“封印を解く”【藤津亮太のアニメの門V 第50回】

アニメ評論家・藤津亮太の連載「アニメの門V」。第50回目は、2016年にTAAF(東京アニメアワードフェスティバル)でグランプリを受賞し、9月6日に正式公開を迎えた映画『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』を語る。

連載 藤津亮太のアニメの門V
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そしてサーシャはついに北極圏に到達することができる。
だがここまで来るのに使ったノルゲ号は沈没してしまう。生還するにはどうしてもダバイ号を見つけなくてはならない。だがダバイ号は見つからない。

そして、吹雪に見舞われたサーシャは失った意識の中で、、氷像のようになったオルキンと出会う。
オルキンは語らないが、その側には、オルキンが冒険を記録し、サーシャがいつの日か読むことを願った日記が残されていた。そして氷像のオルキンは黄泉の国へと去っていく。

サーシャが手にした日記は、氷漬けになっており、彼女がページを開くと表面から氷の欠片がパラパラとこぼれ落ちる。この時、サーシャはオルキンの日記の封印を解いたのだ。
そしてその日記の中には、ダバイ号を残した位置と、オルキンが北極点に達していたということが記されていた。そして、日記の記述通り氷漬けになったダバイ号も発見され、ダバイ号の“封印”もまた解かれるのだった。

かくしてサーシャは、自分自身を含め、さまざまな封印を解いていくことで、そのまま封印されそうになっていたオルキンの北極探検を完結させることができたのである。

ちなみに史実を調べると、ちょうどこの作品の舞台と前後する1870年代から1890年代にかけてさまざまな探検家が北極点踏破に挑戦していることがわかる。
しかし、なかなか成功はしていない。20世紀初頭になってようやく「北極点到達」の報告が出てくるが、検証するとどうも到達していないようだったりする。飛行船など空路ではなく陸路での到達成功ととなると、1960年代を待たなくてはならない。

映画はオルキンが北極点に立てた小さな黄色い旗(ロシアの帝国旗は黒黄白の三色旗なので、この旗は正確な意味では帝国旗ではない)が風で吹き飛ばされていくカットで終わる。
これは史実との整合性をとったようにも見えるし、ロシアという国がやがて革命の嵐の中に消えていくという意味合いに見えなくもない。
あるいはサーシャとオルキンのこの物語は、歴史の中に紛れてやがて忘れられていく稗史であるという解釈も可能だろう。

サーシャは序盤で、オルキンはロシア国旗を北極に立てることにこだわっていた、と語る。
だが、それはおそらく建前だったのだろう。それはオルキンが日記を残したのはサーシャだったことからもわかる。
そして、必死の思い出到達した北極点に立てたのも、大きな旗ではなく、ほんの小さな旗だった。それは、サーシャがまだ幼い頃、北極に見立てた雪の山の上にオルキンが立てた旗と同じものだ。

こうしてみると、黄色の旗が正式な帝国旗でないことを考えに入れなくても、オルキンの動機は(最終的には)とても個人的なものへと収束していたと考えられる。

そして「北極点に立った小さな旗」は、オルキンとサーシャという2人の思い出の中にだけ永遠に立ち続けるのである。

[藤津 亮太(ふじつ・りょうた)]
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」(http://ch.nicovideo.jp/animenomon)で生配信を行っている。
《藤津亮太》
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