会場を見て歩きつつ、気がついたことが一点。日本では非常に支持されている作品でも、ぽっかりと抜け落ちて、まったく存在しないかのようなものがある。受けいられている作品と、そうでない作品が、かなり「まだら」になっている。極端なのが「エヴァンゲリオン」だった。さんざん探し回ったが、コスプレイヤーもグッズ販売も二次創作物も見つけられなかった。主催者と雑談する中で、そのことを話題にすると「まさにそうなんだ」と言われた。背景には、アニメ文化の歴史の浅さと、古いファンと新しいファンの乖離などがあるようだ。古くからのファンは「エヴァンゲリオン」を知っているが、絶対数が少ない。一方、21世紀になってからの新しいファンは、「エヴァンゲリオン」のテレビシリーズがなかったこともあって、ほとんど関心がない、というふうに。主催者の中でも最古参のダン・コムサに聞いたルーマニアのアニメ・ファンダム史は、ざっくりとこんなふう。まず、前史は──「80年代後半、まだ共産党政権下だった頃、「火の鳥2772」を映画館で見た記憶がある。90年代になると「ペリーヌ物語」「花の子ルンルン」「キャンディ・キャンディ」がルーマニア国営放送で放映されたが、それが日本のものだという認識はなかった」ヨーロッパが舞台の「日本のアニメ」はしばしば、メイド・イン・ジャパンの刻印を意識されることなく流通する。例えば、「アルプスの少女ハイジ」がスイス作品だと思っているヨーロッパ人が結構いるように。では、「日本のアニメ」が、ただの"Cartoon"ではない存在感を得たのはいつ頃なのか。「90年代にケーブルテレビでManga Zoneという日本のアニメ中心の放送枠があった。それで「ドラゴンボールZ」が放送されたあたりがひとつの転換点。さらに、1999年から2000年、大学のキャンパスでブロードバンドが使えるようになったのが大きかった。国民の5パーセントしかネット接続できず、ほとんどダイアルアップだった時代に、一部の大きな大学ではブロードバンドが使えた。そこで、ハンガリーのFTPサーバー経由で日本のアニメに出会った人が初期のアニメファンになった。「エヴァンゲリオン」や「カウボーイ・ビバップ」などがさかんにダウンロードされた」その後、2003-04年にかけて、一般にもブロードバンドが普及し、ネットでのアニメ・コミュニティは増えていく。これまで、分散した小さなファンの集まりだったものが、次第に「ルーマニアのアニメ好き」としての求心力が発生する。「今のファンダムができた直接のきっかけは、2006年5月。ブカレスト市中央にある書店"Caruresti"ではじめて、アニメファンのミーティングを開いたこと。人が入れ替わりやってきてはアニメについて話をするゆるいミーティングだったが、1日でのべ数百人が参加した。そこで、その年の10月に最初のオタク・フェスティバルを開いた。そして、翌年、ニジコンも新たに立ち上げた」今では、ニジコンもオタク・フェスティバルも数千人の集客力を持つイベントに成長している。ニジコン2014に関しては4000人ほどの来客があった。潜在的には5000人くらいを見込めるファン人口がいるという。目下、「古いファン」と「新しいファン」の嗜好の違いが大きくなっており、求心力が弱くなっていることが心配の種だという。1999年-2000年の「ハンガリーのFTPサーバ」世代と、その世代が立ち上げたコンベンション以降の世代では、知っているアニメ、愛好するアニメも違う。ニジコンについて言えば、主催者側には「古いファン」が多く、参加者側には「新しいファン」が多い。「鋼の錬金術師」や「犬夜叉」を原体験的に語るのは「新しいファン」で、十代の頃にケーブルテレビで放映されたということも大きく効いているようだ。実質的には21世紀になってから始まったルーマニアのアニメ・ファンダムは、今、拡散の時代を経て、世代交代の時期にもさしかかろうとしている。そういう頃合いなのだった。
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