藤津亮太の恋するアニメ 第21回 『アナと雪の女王』(前編)作・藤津亮太目の前をNが通りすぎながら、なにか鼻歌を歌っていた。仕事中に鼻歌とはご機嫌なものだ思って聞き流していたが、また通り過ぎた時にもまた鼻歌を歌っていた。いったい何を歌っているのかと、よく耳を澄ませて見ると、どうやら「レリゴー~ レリゴー~」と歌っているようだ。「まあ、はやっているからなぁ」と思っていると、Nがひょいと近づいてきた。「『アナと雪の女王』見た?」……やれやれ、と思いながら僕はNのほうを向いて見た。「うん。見たよ」「どうだった?」「おもしろかったんじゃない?」「ずいぶんと、他人事みたいな言い方だ」どうやらNはかなり堪能した様子だ。「いや、そんなに他人事ってわけじゃないよ。もうちょっと正確にいうと、いろいろ不思議なところが多い映画だったなぁ、それにしてはおもしろく見ちゃったなぁ、って感じかなぁ」「不思議? 確かにねぇ。私が一番不思議だったのは男性キャラが全然……」「……魅力的じゃない? と言いたいのかな」Nはそこで我が意を得たり、という調子で大きく頷いた。『アナと雪の女王』は、ディズニーによる3DCGの長編アニメーションで、雪と氷の魔力を持ってしまった姉エルサと、妹アナの関係を描く内容だ。ご存じの通り日本国内でも興行収入200億円に近いヒットとなっているし、主題歌の『Let It Go』は老若男女にまで浸透している。Nは嬉々と「ハンス王子は見るからにもみ上げがあやしいのよね。ああいうもみあげが許される善人は、ウルヴァリンぐらいじゃないかしら。まあ、案の定、かなりしみったれた悪役だったわけだけど。余所の女王殺すぐらいなら、自分の兄貴共を殺して王位を手に入れるぐらい、立派な野心を持っていただきたいわね。そもう一人の……スヴェンだっけ?」「それはトナカイの名前(笑)。雪だるまのオラフと同じ間違いをしてる。あの山男はクリストフ」「ああ、そうだっけ? いい人で頼りにはなるけれど、一つだけ。トナカイの口まねをして自分はいいやつだみたいな自分ホメの冗談いうのは、どうかと思ったわ」いつも通り辛辣だ……。さて、どこから話をしたものかと思いながら僕は話し始めた。「まあ今回、あの二人は刺身のつまというか、アナとエルサの関係がドラマの主軸だからねぇ」これはNも頷いている。僕は続けた。「そもそもこの話は構造的に主客が逆転してると思うんだよね」Nが「?」という顔をしている。「エルサは、アナにやさしくしたいという気持があるけれど、自分が近づくと傷つけてしまうのではないかという葛藤があるよね。この葛藤は裏返しの形でアナにもあって、アナはエルサを慕っているんだけれど、アナが近づくとエルサの葛藤が強まるので、エルサはアナを避けてしまう」「うん。そうね」「でもアナはなぜエルサが自分を避けるのか知らないから、アナの内面では葛藤が弱いんだよね。普通ならエルサが主人公になるはず。というか、エルサが山にこもった段階で、主人公がアナにスイッチしてそこから2幕目?っぽいんだけど、そんなに直線的にエルサの葛藤解消に向かわないんだよね。そのかわり男性キャラ2人のエピソードが入る。だから男性が刺身のツマにしかならなかったんじゃないかなぁ」Nは僕の話を聞いて、「ああ」と納得したような顔を一瞬した後に、「でも?」と付け加えた。「主客逆転の話だけれど、アナの視点で見れば、わりと素直な成長物語になってない?」「どういうこと?」「最初は“話が合うだけでうれしい”という初歩的な恋愛から始まって、吊り橋効果バリバリの出会いを経験して、それで最後は雪だるまの言葉によって“無私の愛”の気づきを得るって、結構素直な成長物語じゃない?」僕は思わず笑ってしまった。「そうやって並べると、アナって相当おもしろキャラになっちゃうでしょう(笑)。その恋愛から無私の愛に気づくまで、そんなに長い時間が経っていないからね。せいぜい数日ぐらいでしょう? 目先のものにひっぱられすぎというか(笑)」僕が半笑いで、そういうとNはちょっとムッとしたような顔をした。「数日の間にいろいろな出来事を体験するのは映画の常道だからいいんじゃない? アナはそういう素直なキャラクターなんだし」どうやらNはアナに気持を寄せて見ていたようだ。だから、あのハンス王子とクリストフがイマイチ気に入らないのかな。「でもさ、アナがいろんな人と出会っていくら成長してもさ、エルサの孤独は癒やせないでしょう? お話が始まった時からそこは決っているんで、そこのところが男性キャラ2人がいらない感じに見える一番の理由なんだと思うんだよね」「アナはエルサの孤独が癒やせないってどういうこと?」どうやら今回は僕が質問攻めになるパターンのようだ。(後編に続く)
庵野秀明監督はなぜ「シン・エヴァ」で“絵コンテ”をきらなかったのか?【藤津亮太のアニメの門V 第69回】 2021.4.2 Fri 18:15 アニメ評論家・藤津亮太の連載「アニメの門V」。第69回目は、庵…