新時代アニメ『テイルエンダーズ』 ピコグラフの挑戦 mebaeさんインタビュー (1) | アニメ!アニメ!

新時代アニメ『テイルエンダーズ』 ピコグラフの挑戦 mebaeさんインタビュー (1)

インタビュー

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(インタビュー:2011年5月)


■ mebae (めばえ)
アニメ、イラスト、ときどき漫画。ピコグラフ制作『テイルエンダーズ』キャラクター、作画を担当。ライトベル挿絵多数。最近ではタツノコプロダクション制作『C』のキャラクターデザインを手がける。

■ ピコグラフ
2001年、北海道教育大学美術科の卒業生によって設立されたアニメ企画・制作会社。現在は4人のメンバーで構成されている。
各メンバーが個々に活動することもあるが、全員で行う仕事の場合、各自が全ての工程を幅広く担当することで「個人制作」と「チームによる制作」の両方のメリットを生かした作業体系で制作。クリエイティブマーケット東京2010にて表彰されるTCMアワードで「精霊大戦トーテミア」が審査員特別賞を受賞。

2011年1月に新たな時代を感じさせるアニメが誕生した。角川映画からBlu-ray Disc・DVDが発売された短編SFカーレースアニメ『テイルエンダーズ』である。 本作は「エッジ」と「萌え」が同居する斬新な感覚の映像が見どころのひとつ。
このハイクオリティな作品を手がけたのは、北海道を拠点に活動する新進気鋭のクリエイターチーム「ピコグラ」。チームにはテレビアニメシリーズ『C』のキャラクターデザインを手がけたイラストレーター、mebaeも参加する。 4人で作り上げた『テイルエンダーズ』は、一体どうやって生み出されたのか?その協業の仕組みは?、mebaeさんとピコグラフの河原大さんから話を伺う。

『テイルエンダーズ』
公式サイト  http://www.tailenders.com/

クリエイター集団「ピコグラフ」が「動画革命東京」の支援を受けて制作した破天荒・ハイクオリティなSFカーレースアニメ。
オルクス車輪街の<伝説様>と崇められるルーザー・キングの背中を追い続けていた、レーサー巴士郎はある事故をきっかけに、謎の美少女科学者 御神楽トモエと共に惑星再開拓レースに参加することに。莫大な賞金を求めてこのレースに集まる命知らずの馬鹿者たちを、人々は「テイルエンダーズ」と呼ぶ。どん尻の彼らの前にゴールはあるのか。


■ ピコグラフ誕生の頃

アニメアニメ (以下AA)
mebaeさんはわりとサブカル的な部分で知られているので、『TAILENDERS』はサブカルチャーを好きなターゲットにアピールしたいのかなと思いました。それはありますか?

mebae
やはりサブカル的なアニメだと思います。それと若い人に観て欲しいですね。『TAILENDERS』はもとともと子供向けのアニメ企画だったんです。
わかりやすい話で派手、そしてあまり重くなく、リアル志向ではない感じです。アニメらしいアニメを作りたいと思っていました。

AA
『TAILENDERS』はいかにもSFらしいSFで、いまの商業シーンであまり作らなくなった王道的なものを狙っているのかなとも思いました。

mebae
もちろんそれも狙っています。特に絵柄では、普通のセルアニメーションを個人で作ってすごいという作品は、新海誠さんの作品や『イヴの時間』、『センコロール』というタイトルがすでにあるので、それとはテイストを変えていこうという意図がありました。
『TAILENDERS』では絵や動きを多少犠牲にしても、箱庭的ではない多様な舞台を出して、いろいろなことをしようと考えて作りました。

AA
今、ピコグラフの河原大さんも一緒に来られています。作品企画の立ち上がり、それとピコグラフさんについても伺わせてください。
『TAILENDERS』の企画の立ち上がりは2007年ですか?動画革命さんが企画募集をしていたのがその頃だと思います。

mebae
はい。ピコグラフでは常に、オリジナルの企画でアニメを作ろう、という話をしていました。そんなとき友達の札幌のインディーズのバンドのCDを聴いたんです。ハードロックの曲で、これにPVを付けるんだったら何だろうと、それがきっかけです。
そのイメージからは、完全にレース物しか思い浮かばなかった。それも小池健さんのような絵の!これはきっとおもしろくなると思った(笑)。動画革命さんに企画を出そうと思ったのは、30分というまとまった映像を作るチャンスをもらえる、とのことだったので。

AA  ピコグラフのユニットは、どのように設立されたんですか。

河原大さん (以下河原)
ピコグラフは2001年設立で、そのときには僕らはまだ学生だったんです。先輩が3人で何か会社をやって行こうと。

mebae
大学の助教授の助言もあったんです。北海道では若手が映像でお金にならない、ベンチャーとして起業しろと。

河原
ちょうどICCという札幌にあるインキュベーション施設が、第1期として安く入れるというのもありました。

mebae
2000年、2001年あたりは、北海道でもデジタルコンテンツが結構流行ったというか、仕事も結構あった時期なんです。その時は若手のクリエーターが起業していくような時代でした。

河原
僕らも学生の頃からCMや番組制作とかの仕事にかかわって、そのうち2人の先輩が抜け、僕らが学校を出たあとにそのまま残ったわけです。最初はウェブデザインとか、CD-ROMコンテンツとか、そういう仕事を主にやっていたようですね。
でも僕らはアニメが作りたかった。僕らが入ったからアニメを作ろうという会社になっちゃった(笑)


■ みんなでやるのは客観性のある面白さが欲しいから

AA
例えば本当にやりたい時に1人で作るということもできたと思います。みんなでやろうと思って、それがよかったところはありますか?

mebae
個人制作にあまりメリットを感じなかったのはあります。いまはそれは売りにならないし、個人のこだわりあるストーリーよりも、客観性のある面白さが欲しかったんです。シナリオも全員で見られるのも良かった。

AA  シナリオは全員でやられているんですか?

mebae
ベースになるプロットは、ピコグラフを立ち上げた最後の1人でもある太田が書いています。実際にシナリオにする時は、4人で回し合って作りました。

AA
ちょうどそのお話を聞きたかったんです。分担は実際にどのようにやられているのですか?

mebae
一応大まかにはあります。僕は主にキャラクターの作画など、レイアウト、編集です。

河原
僕は全体をまとめつつ、3Dをやって、撮影も編集もやる。みんなが脚本もやるし作画もやる。全員がほぼ全部の工程にかかわっています。

AA 全部出来るのはすごいですね。

河原
大学のころから1人でアニメを作るのはやっていましたから。

mebae
1人でやってきたから、1人だと限界が見える。物量的にも、内容的にも、です。

AA
新海誠さんのころから、いわゆる個人作家から商業アニメーションに出てくる人が非常に増えています。
個人作家、インディーズについてどう意識されていますか。

mebae
もし北海道にアニメーションを作るグループが、もっと他にいれば、何か違ったやり方があったのかもしれないですね。いわゆるアート系やFLASHアニメの制作者はいると思いますが、エンターテイメントの商業アニメーション志向の人たちは見当たらなかった。結局、自分たちでやるしかない。
《animeanime》
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