映画評 『トワノクオン』第1話 泡沫(うたかた)の花弁 | アニメ!アニメ!

映画評 『トワノクオン』第1話 泡沫(うたかた)の花弁

レビュー 実写

文;氷川竜介(アニメ評論家)

 ここしばらくアニメ関係者の物故が相次ぎ、心押しつぶされることが多い。だが、クリエイターの「遺された想い」はフィルムに焼きついて残る。できうることなら、その想いよ人に届いて永遠に続け……というのが、筆者の切なる願いである。
 この『トワノクオン』は2011年11月26日に49歳で亡くなった飯田馬之介監督が、病床で生命の火を刻みこむようにして準備を進めていた全6話の連作劇場アニメだ(協力監督:もりたけし)。その「遺された想い」との心の共鳴に、震えが止まらない。

 舞台は未来の東京。目覚めた超能力に戸惑う少年少女たちと、それを狩ろうとする秘密の武装勢力の暗闘が続く。主人公クオンは若き能力者たちを守るため、自らを異形な者に変えて戦う……。これはどこか懐かしさのただよう設定の物語である。『Xメン』などとも共通する王道とも言えるし、肉体や精神の変化に戸惑いながらも仲間を見つけようとする思春期のメタファーともとれる。
 みどころはボンズならではの手描きアニメーションの魅力とパワー。川元利浩アニメーションディレクターによるキャラクターデザインの人物作画は、実に美麗で清涼感にあふれている。中村豊監修によるバトル映像はスピード感にあふれ、特にたたみかけるような重量感あるコンボ技のボディアクションは実にカタルシスがあって、濃厚な時間があっという間にすぎる。

 飯田監督の作品は、『デビルマン 妖鳥死麗濡編』、『おいら宇宙の探鉱夫』、『機動戦士ガンダム/第08MS小隊』など、いずれも緻密なディテールと、誠実で理詰めな描写の積み重ねで盤石に構築されている。ウソやごまかしを排して引き絞ったうえで、アニメ的な快感を解き放つようなところがあった。そしてSF、ファンタジー、特撮、漫画など過去の名作へのリスペクトに満ちあふれ、それも単なるパロディではなく「本質」を継承しようという意欲もみなぎっている。
 『トワノクオン』もまた、そんな飯田馬之介監督らしさが全編にみなぎる作品だ。そして今回は、いままで以上に「生きること」の本質へ近づこうとする気迫が感じられる。各キャラの生きざまの中には、誰と言わずそれぞれの痛みや懐疑が居座っていて、どことなくもの哀しい。しかし、だとしても「生き続けること」「生き残ること」には、それ自体の価値がある、それは乗り越えられると、全力で訴えかけてくるように感じられた。
 筆者は生前の監督とは短いおつきあいだったが、いつも全力でエネルギッシュに物事にあたりつつ、誰もが見落としそうなところへの気配りを忘れない、それでいて優しくもユーモラスな物腰に敬服していた。この作品も監督の性格が乗り移ったかのようで、上映中にあの巨体と笑顔が浮かんできて泣けた。

 なぜ生きるのか、なぜ戦うのか。いや、生きることそれ自体が戦いなのか。失ったものがあったとしても、未来へ向けた行動が大事ではないか。暴走するエネルギーならば、コントロールすればいい。能力者と機械化兵士、異形の者同士の戦いが不毛な連鎖であるなら、それを断ち切ればいい。すべては魂と志の問題なのだから、すべてはそこから始まる。永遠(とわ)も久遠(くおん)も、もはや自らには果たし得ぬことと知りながら、それでもなお限られた残り時間の中で、飯田馬之介監督がこの物語に託したものとは、そうしたメッセージだったように思える。
 誰もが崖っぷちの生命の危機を肌身で感じるこの時期、監督の遺した貴重なパワーを、ぜひ真っ正面から受け止めてほしい。

『トワノクオン』  /http://www.towanoquon.com/
《animeanime》
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