「ガンダムシリーズのメビウスの輪」と「機動戦士ガンダムUC」  | アニメ!アニメ!

「ガンダムシリーズのメビウスの輪」と「機動戦士ガンダムUC」 

福井晴敏の小説を原作にした『機動戦士ガンダムUC』は、『劇場版 機動戦士ガンダム00』とは対照的に驚くほど「ガンダム」である。これは悪い意味ではない。

レビュー 実写
数土直志

 1979年に世に誕生した『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)が、制作当初のスタッフ、関係者の思惑を大きく超えて大ヒットとなったことはよく知られている。多くのファンの心を捉えた作品は、2011年の今に至るまで新作シリーズが生みだされ続けるほどの大成功を収めた。新シリーズには、新たな設定や世界観が次々と付加され、ガンダムの世界(=宇宙世紀)の物語はどんどん豊かになっていった。
 それはファーストガンダム制作当初には予期しなかったものであるが故に、同時にガンダムという大河ドラマに幾つかの問題を持ち込んだ。作品間の設定の矛盾などである。しかし、最大の問題は、物語のなかでのわずか20年足らずの短期間に、あまりにも多くの戦いが起きていることでないでないだろうか。

 つまり、ガンダムの長編シリーズの物語構造は、どれも大きな部分で共通している。ふたつ以上の軍事的勢力が戦争をして、一定の決着と伴に終わる。しかし、それはつかの間の平和でしかない。新たな勢力が急激に台頭、また戦争が起きる。それが決着する。そして、また新たな勢力が・・・
 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で、TMネットワークが主題歌「BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)」で唄ったように、戦いが終わると直ぐに次の戦いが用意されるガンダムという作品はまるで永遠にループして抜け出せないメビウスの輪の様だ。
 このループは無意識のうちで起こっているわけでない。むしろファンの要望として、その要望を実現するビジネスとして意識的に行われている。それはいまや「ガンダム」というひとつのジャンルで、構造としてメビウスの輪から抜けだせないのだ。
 そして、メビウスの輪的構造は、宇宙世紀を舞台としたガンダムだけの特徴ではない。『機動戦士ガンダムW』、『機動戦士ガンダム SEED』シリーズも同様の構造を持っている。つまり、新シリーズの展開があると、同じような戦いの構造が再び繰り返されるというものだ。

 こうしたメビウスの輪から抜け出す試みが、これまでなかったわけではない。ひとつはガンダムの生みの親である富野由悠季監督の『ターンエーガンダム』だ。富野由悠季監督は、本作で全てのガンダムを肯定すると述べた。ガンダムシリーズ全部を黒歴史という概念で括る。登場人物のディアナは次の様に語る。「これらが黒歴史と言われているのは、人類の最終戦争だったからで、数百年続きました」と。戦いが続くのは必然、あまりにも頻繁に繰り返される戦争も正当化されるというわけだ。
 しかし、こうした富野監督の意気込みの一方で、ビジネスとして回り続けるガンダムは、その後も依然メビウスの輪の中で新たなループを続ける。『ターンエーガンダム』後にも、とても黒歴史のなかに収まりそうもない『機動戦士ガンダムSEED』シリーズや『機動戦士ガンダム00』などが創られる。『ターンエーガンダム』は、無限ループを続けるシリーズに富野監督自身が決着をつける作品だったのかもしれない。

 その後、このメビウスの輪から抜け出す試みに挑戦したのは、水島精二監督の『劇場版 機動戦士ガンダム00 Awakening of the Trailblazer』だ。2009年にファーストシーズンがテレビに登場した際は、いかにもガンダム的な世界が繰り広げた。「近未来」、「人型兵器」、「複雑に絡み合う軍事勢力」、「悩める主人公」・・・。そして第2シーズンは、やはり依然続く紛争だ。
 ところが劇場版で、作品は全く別の様相をみせる。平和が訪れた地球は、軍事的な緊張を抑え込むのに成功する。そして、新たに主人公たちに襲いかかる敵は、なんと太陽圏外から来た異生体である。『ガンダム00』は、地球以外の生命を物理的に登場させた初のガンダムシリーズになった。これまでのガンダムシリーズの枠を完全に打ち破ったのだ。
 水島精二監督は『劇場版 機動戦士ガンダム00』で、ファーストシーズン、セカンドシーズンに続いて、また新たな地球人同士の戦い、3ループ目を描いても良かったはずだ。いや、むしろそれが望まれていたはずだ。しかし、そこに敢えて、太陽圏外からの生体を物語に持ち込んだのは、ガンダムシリーズの持つメビウスの輪的構造の弱点を意識していたのでないだろうか。そして『00』は、メビウスの輪を打ち破ることで傑作と成りえた。

 この『劇場版 機動戦士ガンダム00』とほぼ並行して制作されたもうひとつのガンダムシリーズが『機動戦士ガンダムUC』である。江戸川乱歩賞でデビューした大物作家福井晴敏の小説を原作にした本作は、『劇場版 機動戦士ガンダム00』とは対照的に驚くほど「ガンダム」である。
 これは悪い意味ではない。悩める主人公の成長と細かなメカ設定、複雑に絡まった世界状況、そのなかで繰り広げる戦闘シーン。長年、多くのファンがシリーズに求めて止むことなくなかったガンダム的世界が、余すところなく盛り込まれる。しかも、その全てが驚くべき情熱と共にハイレベルで実現する。そして、圧倒的な映像クオリティー。3月5日にリリースされた「episode 3: ラプラスの亡霊」を観ると、この作品からおよそ欠点など見つけることが出来ない。
 『機動戦士ガンダムUC』の成功は、まずガンダムであろうとしたことにある。つまり、ガンダムが長年受入れられてきた構造を全部受入れること、プログラムピクチャーとして最大限丁寧に作る。その結果として突出した作品となった。
 
 実はガンダムとして成り立たせる要素を丁寧に描き、傑作を生みだした例は、『ガンダムUC』が最初ではない。1982年の『機動戦士ガンダム0083』である。『0083』は、ファーストガンダムとその続編として制作された『機動戦士Zガンダム』の間に位置する。続編であると同時に、後に続くZガンダムとの整合性もつけなければいけない。しかも、物語の結論は見えている。最終的に連邦は勝つのだ。なんとも創作の自由度の低い作品だ。
 にもかかわらず、『0083』は、主人公コウ・ウラキ、その敵役アナベル・ガトーという魅力的なキャラクターを生み出す。『0083』は新たな世界観というよりも、ガンダムの世界観の補完に重点が置かれ、むしろ人間ドラマに力が入れられた。極限まで高められた作画も『ガンダムUC』と共通する。『0083』がシリーズの中でも特に評価が高い作品であることは、世に求められるガンダムが何かを知るには興味深い。

 ただし『ガンダムUC』の面白さが、プログラムピクチャーとしてのガンダムを高度仕上げることだけでないのも見逃してはいけない。『ガンダムUC』は、これまでのシリーズにあまり見られなかった要素が盛り込まれている。それは、「謎解き」である。
 大きな謎を提示して、物語の進行と伴にそれが解き明かされて行く。「謎解き」は物語のオーソドックスな方法のひとつだ。しかし、ガンダムシリーズでは、これまでそうした展開はあまり用いられることがなかった。
 しかし、『ガンダムUC』の作品の中心となっているのは、間違いなく「ラプラスの箱とは何なのか?」という謎解きなのである。この謎に対する興味が、物語全体を牽引する。さらに「オードリー・バーンとは何者か?」、「主人公バナージの出生の秘密」といった幾つもの謎が重なるなど、作品にこれまでのシリーズとは違う趣を与える。『ガンダムUC』は、ガンダム的な特徴を最大限に活かしつつ、新たな挑戦を行い、融合させる。『ガンダムUC』の本当の面白さは実はこちらにある。本作のOVAは全6話を予定している。残りあと3話、いま最も気になるアニメシリーズだ。
《animeanime》
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