「井上雄彦 最後のマンガ展」は体験するマンガ作品 | アニメ!アニメ!

「井上雄彦 最後のマンガ展」は体験するマンガ作品

 5月24日から7月6日まで、東京・上野の森美術館で「井上雄彦 最後のマンガ展」が開催されている。『SLAM DUNK』や『バガボンド』で知られた人気マンガ作家井上雄彦の大規模な展覧会である。人気作家一人のために美術館をまるごと使用、そして衝撃的なタイトルと話題性

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 5月24日から7月6日まで、東京・上野の森美術館で「井上雄彦 最後のマンガ展」が開催されている。『SLAM DUNK』や『バガボンド』で知られた人気マンガ作家井上雄彦の大規模な展覧会である。人気作家一人のために美術館をまるごと使用、そして衝撃的なタイトルと話題性も豊富で、連日多くの人で賑わっている。
 しかし、展覧会の最大の見所は、今回の企画があらゆる点で、これまでのマンガ作家の展覧会の常識を打ち破るものであることだ。展覧会と呼ぶことすら、誤解を招くのでないかと思える。「井上雄彦 最後のマンガ展」は、マンガ表現を全身で感じるイベントだからだ。

 一般的な展覧会の目的は、作家の世界観や作品、歴史、あるいは社会における影響から文化的な側面などの紹介である。そのため様々な説明が与えられる。ところが「井上雄彦 最後のマンガ展」では、この印象的なタイトル以外の情報が会場で一切与えられていない。展覧会で必ず見られる作品タイトルや説明、展覧会の趣旨、主催者や作者の挨拶すら存在しない。
 来場者は、展示場に入っていきなり水墨で描かれた巨大な宮本武蔵の姿に出会う。これさえも『バガボンド』に馴染みのある人にこそ宮本武蔵とわかるだけで、そうでなければ誰であるかすらわからないだろう。

 そこから物語は始まる。そう「井上雄彦 最後のマンガ展」は、まさに物語である。今回の展覧会のために描き起こされた100枚以上の原画は、物語に沿って並べられ進んでいく。
 そして、井上雄彦やその作品を知る人も知らない人も、そのままぐんぐん「井上雄彦 最後のマンガ展」に引き込まれていく。空間のなかに取り上げられた原画は、よく見慣れたマンガ原稿の体裁から、縦横数メートルの巨大なもの、時には美術館の壁に直接描かれたもの、とにかく自由である。

 大きな空間での表現、その場限りのライブ感、この展覧会は、2004年に三浦市の廃校で『SLAM DUNK』の後日談を黒板に描いたイベントの系譜にある。しかし、今回の表現方法は、この『SLAM DUNK』の後日談からさらに大きく発展している。
 その表現への驚きは最初の宮本武蔵の姿に出会った時だけなく、展覧会を通じて続く。そして、後半に行くに連れてさらに加速する。そこにはこれまでの「マンガ」と異なった経験が存在する。全身で体験するマンガだ。説明はいらない、展覧会を見終わった誰しもが、井上雄彦の思いを感じるに違いない。

 もともと、マンガはメディア芸術のなかでも、表現手段の不自由なもののひとつである。(マンガを芸術と呼べることを前提だが)つまり、多くの作品は本のサイズによって大きさを制限されているし、掲載一回分の長さも制限されている場合がほとんどである。さらに、プロの作家であれば、多くの場合は商業マンガとなる。エンタテイメントであること、読者の支持を得ることを常に求められている。
 井上雄彦は、今回、この二次元の書籍という体裁に縛られたマンガ表現を飛び越える挑戦を行っているのだ。こうした挑戦が成功したかどうかは、会場に訪れたそれぞれが判断することになる。

 展覧会終了後に、今回の作品は出版物としてもまとめられる予定だ。しかし、おそらくそれは今回の『井上雄彦 最後のマンガ展』とは異なる別の作品になるのではないか。展覧会の経験と書籍としての経験、それはまた別の作品だろう。
 だからこそ、井上雄彦ファンは勿論、広いマンガファン、そしてマンガファン以外の人達にも、もし少しでも機会があるのなら『井上雄彦 最後のマンガ展』を訪れることを薦める。そこにでは、今後二度と経験できない『井上雄彦 最後のマンガ展』という空間によるマンガ表現が待っている。
 そして、展覧会の最後には、今回与えられた唯一の手がかりである「最後のマンガ展」というタイトルの意味も理解出来るだろう。
[数土直志]

「井上雄彦 最後のマンガ展」
/http://www.ueno-mori.org/special/2008_inouetakehiko/index.html
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